そのままで済むか否か
「セルバスさんとオーウェさんが、古い知り合い…?」
明らかになった事情は、何とも単純かつ説得力に溢れていた。確かに、
セルバスさんならそんな交友関係があっても不思議じゃない。だけど、
まさかあの偏屈婆さんとも古馴染みだったとは…
「初めて聞いたんですが、リアジ村にも割と便宜を図ってもらっている
らしいです。領内なので…」
「ええー、そうだったんだ。」
ネミルが目を丸くしてそう言った。俺も大いに驚いた。シュリオさんの
故郷って、何気に変わり者が多い。本人も含め…って言ったら失礼か。
「セルバスさんは友達だよと仰ってました。それで今回、あたしたちの
同行者を斡旋して欲しいと。」
「なるほど。」
あらためて聞けば、どうにか納得も出来る話だった。
シュリオさんは、そんなにあれこれ仕事の話を母親にはしないだろう。
しかし、マルコシム聖教の教皇女を預けるなら、それなりの事情説明は
必要になる。ゲイズの死体発見の事もあったし、あのセルバスさんなら
そこそこ察するだろう。
のほほんとしてるようで、あの人はけっこう鋭い。そして機転も利く。
教皇女が自分の許を発つとなれば、やはり何かしらの形での「援助」は
するべしと考えたに違いない。でもうかつな人を斡旋すると、かえって
問題になりかねない。
そこでリアジ村のオーウェさんだ。
ロナモロス教は天恵を拠り所にする過激思想集団…という事を踏まえ、
「相性の悪い」存在を求めた。その結果が「これ」なんだろう。つまり
天恵を持たないネクロスだ。万が一オレグストに遭遇したとしても、
それなら変な揺さぶりをかけられる心配がない。だから…
「で、昨日の列車でオレグストって人と一緒になったんですよ。」
「えぇ!?」
想定を一気に飛び越すその言葉に、思わず声が裏返ってしまった。
さすがは教皇女。計り知れない。
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「ううん…な、なるほど…。」
俺もネミルも、返す言葉に窮した。まさか教皇女とアースロが、そんな
無茶苦茶な事をやらかしてたとは。…いや、別にやらかしでもないか。
彼らにとってロナモロス教が「敵」なのは言うまでもないし、中でも
オレグストのやってきた事を思えば報復もやむを得ない。
とは言え、危険なのは間違いない。何しろ相手はあのオレグストだ。
ゲイズほど壊れた人間ではない…と思うけど、それでもロナモロス教で
ネイルの腹心を務めるほどの男だ。ただで済むとも思えない。
「いや、遺恨とかそういう意味での心配はない…と思ったんですが。」
そう言ったのはケイナだ。隣に座るサトキンも同意の意を示す。
「ですね。少なくともあの人物は、今までした事に対する悔いのような
感情を抱いてましたから。」
「…………………………」
何と言えばいいんだろうな、これ。
現場に居合わせなかった俺たちに、あれこれ偉そうに言う資格はない。
かくいう俺たちだって、オレグストとの遭遇の機会はほとんどない。
何やかんやと問題に直面してきた。だからこそあの男の存在が今もなお
重要なのは分かる。
「やっぱり、捕まえたままって方が良かったでしょうか?」
「そうとも言い切れませんよ。」
サトキンの言葉を否定すると共に、俺も自分の中に確信を抱いた。
今この場にはいないけど、ローナもきっと似たような事を言うだろう。
確かにオレグストたちは、これまでシャレにならない事をやってきた。
しかしそれらもまた、天恵の宣告を受けた者の「勝手」に過ぎない。
人生を狂わされたと言っても、あの男一人にこだわるのは何か違う。
「まあ、そういう選択もアリだって事じゃないですかね。」
俺の言葉に、四人が我が意を得たりといった表情で頷く。…正直言って
あんまり自信はない。いやそもそも正解なんてものはないだろうから。
おそらくもう、オレグストはこの街からは去っている。多分ヤマンへと
向かっているだろう。俺たちには、あいつ個人を追う理由は特にない。
すでにネイルがそこへ向かっている事を知っている以上、オレグストが
どこへ行こうとあんまり関係ない。遭遇するなら、その時はその時だ。
あいつが仕返しを考えないのなら、まあそれでよかったと思うしか…
「それだけならいいけどね。」
そう言ったのはネミルだった。何だいきなりどうした?ふと顔を見れば
思ったより険しい表情だ。どうやら何かしらの懸念があるらしい。
「どういう意味ですか?」
「個人的なやったやられたの話じゃなくて、もっと現実的な話。」
「現実的…と言うと?」
教皇女とアースロが、そんな疑問を口にした刹那。
「!?」
バシュッ!!
いきなり、一抱えほどもありそうな赤い火の玉がこちらに飛んできた。
どこからと考える間もなく、それは一直線に教皇女の許へと向かう。
明らかに彼女を狙った一撃だった。
「なっ」
『水球』
キッチンカーからほんの小さな声が聞こえ、火の玉を迎撃するように
ほぼ同じ大きさの水の玉が現れた。パシュッという音と共に放たれた
それは、火の玉と激突して凄まじい蒸気に変わる。
シューッ!!
「わあっ!!」
物理的かつ激しい結果に、ケイナが頓狂な悲鳴を上げる。さいわい他に
客はいなかったけど、こんな場所でこんな襲撃とはかなりごり押しだ。
と言うか…
「今の水の玉、タカネか?」
『そう。』
俺の呟きに、どこからか声が返る。やっぱりタカネが防いでくれたか。
さすがの反応速度だ。そして俺は、火の玉を撃った相手を探す。いや、
探すまでもなく射線の先にいた。
「ほおぉ、やっぱり天恵持ちか。」
「ヘイネマンさんの言った通りだ。見逃せねえなあ。」
通りを隔てた向こうに、四人の男が立っていた。右から二人目の男が、
おそらく【火球】の天恵持ちだな…と思う間もなく、その男がかざした
右手の先に新たな火の玉が生じる。やっぱりか。で、隠す気もなしか。
やっぱりこの街は、ロナモロス教のお膝元なんだな。
そして。
やっぱりオレグストは、教皇女たち二人を逃がしはしないって事か。