世界を見たいケイナ
あの日から、全てが変わった。
「生まれ変わった」という表現は、ああいう時にこそ相応しいのかも。
閉じた村の生活に満足できなくて、深い考えも無しに飛び出した。
向かった先は噂の「神託カフェ」。格安で天恵を見てもらえるらしい。
たとえ後で怒られる事になろうと、あたしは己の未来を知りたかった。
そこにどんな現実があるかなんて、想像すらしていなかったっけ。
オーウェ様の話に打ちのめされて、文字通り未来を見失ってしまった。
一度死んで蘇り、天恵を持たぬ身になり果てたという現実は重かった。
だけど。
だから何だよという、店主の言葉が荒っぽい救いになった。あたしは、
ネクロスとしての自分をそのまんま受け入れる事が出来た。
確かにあたしたちは、天恵を持たぬ存在だ。それはもう仕方がない。
今こうして生きてるという事実に、もっと前向きに向き合うべきだと。
開き直ってしまえば、意外と大した事でもなかった。ずっとその事実を
秘密にしていたオーウェ様も、あの後は憑き物が落ちたようになった。
あたしが考え無しな行動を起こした結果、村はちょっと明るくなった。
真実を知った人の中に、オーウェ様を責めるような空気はなかった。
あれでよかったんだよと、あたしは今でも生意気に確信している。
たとえ結果オーライでもね。
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ネクロスという、自分たちの出自ははっきり知り得た。今さらその事で
あれこれ言うつもりはない。だけどあたしは、やっぱり欲張り体質だ。
一度でいいから、世界を自分の目で見て回りたいと思うようになった。
欲張り過ぎだとみんなに言われた。だけど、あたしは自分に正直だ。
いい加減な覚悟で言ってるわけじゃないと、オーウェ様にも断言した。
「そんないいもんじゃないよ、外の世界というのは。」
「もちろん了解しています。」
そんな即答を返しながら、あたしは己のその言葉に奇妙な確信を得た。
そうだ。
あたしは別に、リアジ村の外にある世界に理想を求めてるんじゃない。
そんな理想郷を求めるなら、むしろ村にいる方がよっぽどいいだろう。
美しいものしかない世界なんてのは絵空事だ。むしろ気持ち悪いよ。
情勢がキナ臭いのは知ってる。特に最近、物騒な話も色々と耳にした。
ロナモロス教が、マルコシム聖教を丸ごと併合したなんて話も聞いた。
一部の噂によると、それは武力制圧と呼んでもいい暴挙だったとか。
もちろんあたしは、宗教に興味などない。恵神の存在は信じていても、
そこに宗教的な救いを求める気などはない。不思議な存在と思うだけ。
乳児の時点の死という経験を経て、あたしは宗教とは距離を置いた。
だからこそ、どんな形でもいいから世界の情勢を目で見てみたいんだ。
醜い思惑や打算が蠢いているなら、それを自分で確かめてみたい。
天恵宣告を求めて村を出た、あの時とは根本的に違う衝動だ。あたしは
村のために自分のために、「知る」という事を突き詰めてみたいんだ。
「お前は記者に向いてるんだね。」
「え?」
しつこくオーウェ様に直談判する中で、そんな事を呆れ声で言われた。
正直、そんな風に考えた事は一度もなかったと思う。あたしはただ単に
世界を自分の目で見てみたい、そう思っただけだ。記者なんてそんな…
…………………………
言われてみれば納得できるかも?
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「分かった。」
腕組みをしつつ、オーウェ様はそう言ってあたしの顔をじっと見た。
「あんまりダメだダメだと言っても逆効果だろう。お前の性分なら、
またこっそり抜け出す…なんて事もあるんだろうからね。」
「そこまで極端じゃないですよ。」
「どうかなー。」
あ、信用されてない。…まあ無理もないか。前科がある身だし。
さすがに抜け出すなんて考えはないけど、オーウェ様としてはやっぱり
そういう気苦労があるんだろうね。…悪い事したなあ、本当に。
でも何だかイイ感じになって来た。このまま押しの一手で…
「だけど今すぐってのはダメだよ。それは許可できない。」
「ええっ何でよ!」
思わず素で文句を言ってしまった。気を持たせといてそれはないよ!!
「漠然とし過ぎてるからさ。」
「え?」
「具体的に、どこの国へ行って何を見ようと思ってる?」
「それは…」
いきなり具体的に訊かれると困る。そこまで細かく考えてないし。
ええっと…そのう…
「お前が言う通り世界は広いんだ。頭で想像するよりずっとね。それを
理解せず飛び出したとしても、まあ間違いなく路頭に迷う。どこで何を
見聞きすればいいかなんて、よほどしっかり決めとかないと。」
「それは…確かにそうですよね。」
ぐうの音も出ない正論である。
何だかなんだ偉そうな事言っても、今のあたしはただの世間知らずだ。
「世界を見たい」なんてざっくりとした言葉で行動しても、間違いなく
何をすればいいか迷って行き倒れるに違いない。…情けない話だけど、
あたしが一番確信できてしまうよ。
「だから、もうちょっとだけ待ってみな。焦らずにね。」
「何を待つんですか?」
「あたしの勘だよ。もう少ししたら何かしら、指標となる話が来る。」
「指標って…つまり何ですか。」
「何かは判らない。けど少なくとも具体的な目的を決める手がかりさ。
それが来た時、許可を出してやる。外を見て回る許可をね。」
「…………………………」
どうなんだろう、この話。
外へ出さないための適当な方便ではないか、とも思う。ありそうだし。
けど、オーウェ様はその場しのぎの嘘なんかは口にしない人のはずだ。
ここまで断言している以上、機会が来ればきっと約束を守ってくれる。
いつになるかは知らないけど…
「分かりました。」
それでもあたしは、育ての親であるオーウェ様を疑いたくはなかった。
ワガママに歩み寄ってくれているんだから、あたしも大人になろう。
いつになるかは本当に分からない。でも、信じて待つのも悪くはない。
たとえ何年も先だったとしても…
そう考えていたのが、先週の話だ。
あるもんだねえ、急転直下。
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まさかのマルコシム聖教の教皇女。我が目と耳を本気で疑いました。
だけど話を聞く限り、間違いはないらしい。正真正銘の本物である。
そんな彼女たちと同行。正直な話、思いっ切り想像を超えてきた。
本気ですかオーウェ様。そうですか本気なんですね。分かりました。
色々と話を聞けば聞くほど、教皇女の歩んできた道は実にハードだ。
この上で自らロナモロス教に仕返ししに行くって、正気じゃないよ。
だけどあたしには、そんな教皇女の言葉を疑う気なんてなかった。
すっごいハードな道標だなと思う。ちょっと尻込みしてる自分がいる。
一緒に行く事になったサトキンも、さすがに顔に緊張が満ち満ちてる。
ああ、だけど何だか楽しみだなあ。
どんなモノを目の当たりにするか、皆目見当がつかないけれど。
それでもあたしは、知らない世界の何かを知りたいと本気で思ってる。
よォし、やったるで!!