曰くつきの同行者
時は、少し遡る。
「そうなんだ。ちょっと寂しくなるなあ。」
「すみません。」
自分たちはここを発つ。
セルバスさんにそう言ったら、割とあっさり認めてもらえた。
あまりにもあっさりしていたから、逆にちょっと不安になった。
「…いいんでしょうか?」
「何が?」
「いやその…シュリオさんの事とか色々と。」
「心配しなくていいわよ。」
これまたあっさり即答し、セルバスさんはちょっと意味ありげに笑う。
何もかも承知の上、という雰囲気をしっかりと感じた。
「確かにシュリオからあなたたちの事を託されていたけど、それは別に
女王陛下からの命令とかじゃない。何が何でも留め置けとかいう命令を
受けたわけじゃないんだからね。」
「それはそうですけど…」
確かにあたしたちは、ここへ行けと命令されて来たわけじゃなかった。
もしも困ったら、僕の実家を訪ねて下さいとシュリオさん本人に助言を
もらっただけだ。何の迷いもなしに直行してしまったけど、結果的に
悪くない判断だったと思う。陛下としても色々都合が良かっただろう。
しかし、あたしたちは別にこの国の臣民という訳じゃない。己の意志を
誰かに抑制される覚えなどもない。たとえ相手が女王陛下であっても。
…そもそもあたしは、どこかの国の女王や王女などですらない。単なる
宗教の象徴的な存在というだけだ。しかももう、その宗教は存在すらも
消滅してしまっているのである。
あらためて考えると、あたしたちは本当に根無し草になっているなあ。
そんなあたしたちに「自由であれ」と、いっさい迷わずに言い切れる
セルバスさん。やっぱり凄いなあ。
あたしも、こんな大人になりたい。
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「だけどあなたたち二人だけじゃ、さすがに心配よねえ。」
「…………………………」
あたしもアースロも黙るしかない。あまりにごもっともな指摘だから。
ここへ来るまでは本当に目的もなく旅をしていた感じだけど、今からは
ロナモロスに何かしら「仕返し」をしようと言うんだ。以前みたいな、
行き当たりばったりな旅はさすがに危な過ぎるだろう。
だけど、実際どうすべきだろうか。
あたしはもう既に身分を失った身。アースロは一応、そんなあたしの
護衛だ。ある意味、シンプルに自己完結を果たしたコンビだと言える。
ここにボディガードを追加する…というのは何だか変な感じになるし、
シュリオさんのような騎士隊の人が同行するのはもっとマズいだろう。
そうすると、今後何をするにしても女王陛下に影響が及ぶ事になるし。
「率直に言って、多少の問題とかは自分で解決すべきだと思うわね。」
「それはそうですね。」
セルバスさんはどこまでも現実的。そして遠慮なく口にしてくれる。
変に気遣われるよりも有り難いし、あたしたちもそこまでは甘えない。
この情勢で安寧を捨てるのならば、それなりの覚悟は必要だろうから。
「だったら、必要になるのは武力や保護者じゃない。違う視点からの
違う見解をくれる同行者よ。」
「同行者、ですか…。」
確かにそうだろうと思うけど、今のあたしたちに同行してくれる人って
あまり想像できない。よほど物好きか、あるいは奇特な人格者なのか…
「ちょっと心当たりがある。まずは責任者に訊いてみましょう。」
「あ、はい。」
「お願いします。」
ここは細かく訊かず、素直に甘える事にしましょう。
いきなり決定!って話じゃないし、とにかく会って検討すべきだから。
だけど…
どんな心当たりなんだろうか?
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「お久し振りね、オーウェ。」
「はるばる呼び出したと思ったら、とんでもない話ね。」
翌日の午後。
セルバスさんの許にやって来た人物は、正直かなり怪しかった。
黒い服を着た小柄な老婆で、独特の模様が目を引く。「老婆」という
形容が正しいかどうかは判らない。実年齢が想像しにくい人物だった。
「こちら、リアジ村の長を務めてるオーウェさん。古い友人よ。」
「初めまして、ポロニヤです。」
「アースロと申します。」
正直に名乗ったら、オーウェさんはさすがに目を丸くしていた。ああ、
やっぱり教皇女ってそれなりに認知されてるんだなと、今さらの感慨。
…さて、この人はどっち側だろう。
「マルコシム聖教の教皇女ですか。頭を垂れぬ無礼はお許しを。」
「えっ?…いえいえとんでもない。どうぞお気になさいませんよう。」
「かたじけない。何せ宗教には縁がないものでね。」
「そうなんですね。」
今さらだけど、そんな事はまったく気にならない。宗派がどうのなんて
どうでもいい話だ。聖教が消滅した今、こだわる気なんてとうにない。
それにしても、そこまで言い切るというのも珍しいなあ。時代の風潮が
どうであれ、恵神ローナ様の実在は間違いないというのに。
「…それで私に何を求める?」
「彼女たちと一緒に行ってくれる、ちょっと前向きな同行者をね。」
「ふぅむ…」
オーウェさんはしばし考え込んだ。
昨日の間に、セルバスさんは電話である程度の説明をしていたらしい。
あたしたちが何故ここにいるかと、ロナモロス教がどういう存在かを。
そしてあたしたちが、これから何をしようとしているかまでを話した。
後はもう、判断を待つだけだ。
しばしの沈黙ののち。
「よし。じゃあ何とかしよう。」
「ありがとねぇ。」
「昔ならおそらく断ってたがね。」
そうセルバスさんに答え、オーウェさんは初めてニッと小さく笑った。
「うちの村も新時代だ。外に出て、見聞を広げたい子が多いからねえ。
ちょっと電話借りるよ。」
「ええどうぞ。よろしくね。」
「二人もいれば十分だろう。」
やれやれといった口調ながら、語るオーウェさんは嬉しそうだった。
「ちょっと変わり者だけど、今回のような話ならちょうどいいよ。」
「同行して頂けますか。」
「喜んで行くと思うよ。ま、仲良くしてやってくださいな。」
「はい!」
どんな人たちなんだろう。何だか、ワクワクしている自分がいるなあ。
変わり者か。
いつもの事だ。大歓迎ですよ。