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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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彼ら彼女らはお見通し

あまりにも予想外だった。

まさかこんな所で、マルコシム聖教の教皇女に出くわすとは。

予想外であったがために、迂闊にもかなり露骨に反応してしまった。


この男は、そんな俺の反応に不審を抱いたという事なのか。だったら、

ここはどうにかトボケて切り抜けるしかない。


「知り合いに似てたそうですね。」

「え、ええすみません。あまりにも横顔が似てたので…痛ててて!」


捩る力が容赦ない。この男、何かの格闘術でも使えるのか。それとも、

そういう天恵の持ち主なのか。目を向けられないからそれも判らない。


「とりあえず離してもらえません?私は別に」

「知り合いって誰ですか。」

「いや、それは…」


不躾だなこの男。不審に思ったのは仕方ないとして、そんな個人情報を

聞いたところでどうする。俺が嘘を言ったところで、確かめる術など…


「もしかして【変身】の天恵持ち、ミズレリ・テートですか?」

「は!?」


声が裏返った。組み敷かれた体も、無意識にこわばらせてしまった。

またしても、あまりにも判りやすい反応をしてしまった。


何なんだこいつは。



何でミズレリを知ってるんだ!?


================================


「やっぱりそうですか。」


抑え込む力をいっさい緩めず、男は抑揚のない声でそう言った。

他の三人がどんな顔をしているか、この体制では見る事さえ出来ない。


「僕の連れの顔を見た瞬間、まるで死人に会ったような顔しましたね。

彼女の顔を見てそんな驚き方をする人間など、何人もいません。まして

このイグリセ王国の中にはね。」

「…………………………!!」


まずい。

この男の認識は、俺の想像を遥かに超えていた。


「そしてミズレリ・テートの名まで知っているとなれば、ロナモロスの

幹部クラスという想定が成り立つ。そのレベルなら、ミズレリがどんな

死に方をしたのかまで知っていますからね。」

「いったい、何を…」


押さえ込まれながら、俺はどうにかかすれた声を上げる。


「何を言われてるか、さっぱり」

「いい加減名乗ったらどうです。」


そう言うと同時に、男は捩る右手の力を緩めた。

そして俺を仰向けに返すと、ジッと細めた目で睨みつけてくる。


「僕の天恵【溶解】は、人の顔など一瞬で跡形もなく溶かす。もちろん

一部分だけでもね。それが嫌なら、さっさと話して下さいよ。」

「…………………………」


俺は答えなかった。

こうして向き合えば、意外なほどに相手は若かった。もちろん俺より。

…そんな若僧が、マウントを取って何を勝ち誇ってるんだ。何と言うか

無性に腹が立ってきた。しかもこの男の言ってる事は…


「…安い出まかせを…」


思わず小声でそう言ってしまった。

何が【溶解】だ。物騒な天恵を口にすれば、脅せるとでも思ったのか。

よりにもよってこの俺を。ならば…


刹那。


不敵な表情で睨みつけていた顔が、不意にスッと平坦なものに戻った。

俺を見下ろす目からも、敵意らしき感情がすっぽ抜ける。

…何だ、どうしたんだ?



「正解。安い出まかせです。正直、言うのが少し恥ずかしかった。」

「…………………何だと?それ」

「この一瞬で、ネラン石も使わずによくお判りになりましたね。」


そう言って、ニッと笑ったその顔。

歳相応の幼さを保ちつつ、何かしら確信を得た会心の笑顔。

さっきまでの威圧感などない、ただ純粋な笑顔。

俺は、寒気を覚えていた。


「今ので確信しました。あなたは、オレグスト・ヘイネマンですね。」

「…………………………」


甘かった。


そうか。

さっきのあの出任せは脅しなどではなく、俺を焙り出すための方便か。

この状況であえてあからさまな嘘を口にし、その反応を見ていたのか。


俺がオレグストではという想定を、さっきの挑発的な態度に込めた。

まさかそこまで絞り込んでいたとは思わず、俺は自分の天恵を使った。

何とか顔が見えたこいつが、そんな物騒な天恵を持っているかどうか。

いつもの癖で、つい見てしまった。


奴はそれを狙ってたんだ。



甘かった。


================================


次の瞬間。


ガン!!


凄まじい音と激痛が走り、そのまま右目が開けられなくなった。

叩き込まれた肘鉄によって、右目の周りが腫れ上がってしまった。


「ぐうっ…!」


呻き声をあげた俺は、再びうつ伏せの姿勢で組み敷かれた。もはや、

俺がオレグストかどうかを確認する気さえないようだった。つまり、

確信を得たという事か。


「今のは、僕の天恵を勝手に覗いた事への報いです。」


口調は丁寧ながらも、その声は低くそして重かった。


「口にしないで下さいよ。僕は己の天恵は知らないし、知りたいとも

思ってないんですから。」


言いながら、男は腫れた俺の右目に指をかける。


「もしも勝手に口走ったりしたら、その時は両目とも抉り出しますよ。

それが嫌なら忘れるか、一生かけて黙ってる事です。」

「…分かった…」


自分がオレグストだという事を半ば認める格好になるが、それでも俺は

掠れる声で言った。言わなければ、何をされるか分からなかったから。

いくら何でも、これ以上は…


刹那。


バキッ!!


…………………………


「ぐあアァァァァァァ!!!」


俺は絶叫を抑えられなかった。

前触れなく手首を折られた激痛が、全身を鋭く駆け巡った。


何しやがるんだこいつは!

この状態で、なおそこまで…!!


「それも報いですよ。」


頭上から聞こえてきたのは、女の声だった。聞き覚えのある声だった。

紛れもない、最後の姿のミズレリの声にそっくりだった。


「マルコシム聖教を踏みにじって、終わらせた事へのね。」



俺は一瞬、激痛を忘れた。

冷たくなった体に、汗を感じた。


聖教を終わらせた報い。

あまりにも真っ当な主張だった。



俺は、まだ甘く見ていた。


彼らを。

彼らの認識の深さを。


そして、自分たちの楽観を。



「旅は始まったばかりですね。」



男の声は、どこか遠く聞こえた。

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