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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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列車は南を目指して

こういうのをハズレくじと表現していいのか、判断に迷う。


ネイルたちはとっくにイグリセから出ていったというのに、俺だけまだ

こんな場所でチンタラとしている。いつになったら脱出できるんだか。


…いや、やっぱり違うな。

オトノの街の面倒臭い残務整理を、俺が自ら買って出たのは事実だ。

見た目を変えたんだから心配ない。後からすぐ追いつくと言って。

自分で言い出したからこそ、ネイルたちはあっさりその言葉に乗った。

見捨てるとか押し付けたとかそんなニュアンスじゃない。それじゃあ、

お願いするねって温度だった。今になって文句を言うのは筋違いだ。


俺はやっぱり、奴らと一緒に行くというのが気に入らなかったんだな。

予定した通りに事を運んでいれば、【共転送】のカイがたった一人で

イグリセに残る事になってしまう。あいつは自分自身を送れないから、

脱出するには航路を使う事になる。その場合、下手を打てば捕まる。

もしマルニフィート騎士隊なんかに見つかれば、どうしようもない。


イララはともかく、グリンツまでがもう既に囚われてしまっている今。

ハッキリ言って、このイグリセ王国はロナモロスにとって危険地帯だ。

モリエナの件を抜きにしても、一刻も早く脱出しなければいけない。


「悪いわね、いつもいつも。」


転移で去り際に、ネイルは俺に対しそんな言葉を残した。あれは決して

通り一遍な挨拶じゃない。今のこの状況で面倒な残務を引き受けた俺に

間違いなく感謝していた。


確かに面倒なんだよな。

旧アジトの痕跡抹消を確認した上で少しずつ南下。逃げの後始末だ。

これからの事を考えれば、疎かにはできない。しかし、実に面倒臭い。


つくづく思う。どうして志願した?

分かってるんだ、最初から。


ヤマン共和国に行けば、もう本当に後戻りが出来なくなる。



ただ、引き延ばしているだけだ。


================================


列車はゆっくりと走り出した。


最南端の街オロイクまで、完全なるノンストップという特急である。

あまりの利便性の悪さから、一般の乗客は少ない。どちらかと言えば、

港湾へ向かう貨物がメインである。要するに、海を渡るのが前提だ。

もう残務整理は終わらせたし、後はオロイクで待っているカイと合流。

あいつと一緒に船でヤマンへ行く。やっぱりあいつも、自分一人で船に

乗るのは不安だったらしいからな。これもまた、ひとつの貧乏くじだ。


だけど。

たとえ残務整理がなかったとしても俺は、カイを置いて行けなかった。

あいつの天恵でさっさと転移する。そういう選択は出来なかった。


何故か。


今になって、ミズレリの顔がやたら脳裏をよぎるからだ。何かにつけて

調子に乗りやすい女だったものの、あいつは別に悪い奴じゃなかった。

化かし合いに負けたからって、その責任を負って死んだのは理不尽だ。

今になって、モリエナが何に対して見切りをつけたのかが想像できる。


俺はカイを、あんな風に切り捨てる気にはなれない。絶対になれない。

そんな人間にはなりたくない。

その時になればネイルたちは迷わず切り捨てるだろうが、そんな決断を

する立場でもありたくない。


勝手だと言われようと、俺はそんな独善にしがみ付いてるんだ。

ネイルたちとは違うんだと、自分に対して言い繕うためにな。

笑いたきゃ笑え。


そんな俺の独善を乗せて。



列車は南へと走り続ける。


================================


「…さて、と。」


それにしても客がいないんだな。


よく調べもせず指定席を買ったが、これが見事なまでに大外れだった。

貨物区に近い後方車両の席で、実に音がうるさい。とてもじゃないが、

落ち着いて座ってられない。ならばとりあえず前の車両を見に行こう。

席の変更なんて、ここまでガラガラなんだから多分可能だろう。もしも

無理と言われれば、自由席車両まで移動してもいい。荷物も少ないし。



よし、んじゃさっさと移動だ。


================================


高速で走る車両の中で前に歩くと、何だか妙な感覚になるな。まるで、

自分自身が高速で走るかのような。のどかな景色が左右両方の窓の外を

飛ぶように流れていく。たまには、こういう長距離移動もいいもんだ。

イグリセとのしばしの別れと思えば感慨も湧く。


それにしても、やっぱり空いてる。

いくら直通だとは言っても、こんな乗車率で採算は取れるんだろうか。

まあ貨物があるからいいんだろう。余計な詮索はするだけ無駄だ。


…………………………


お。

やっと他の客がいた。


若者四人か。旅行にしては、選んだ列車が極端だな。海外旅行だから、

一刻も早く南下する…とかなのか。いやいや、これも余計な詮索だな。

変に思われないよう、さっさと…


なるべく意識せず、東側の六人掛け席に座っていた彼らの脇を歩いて

通り抜けようとした刹那。


チラっと向けた視線を、動かせなくなった自分に一瞬遅れて気付いた。

窓側に座る若い女性の端正な顔に、激しく記憶を揺さぶられたせいだ。

大きく目を見開いた事にさえ、俺は気づいていなかった。


何でだよ。

何でお前がここにいるんだよ。


ミズレリ。


お前、死んだんじゃなかったのか。

ゲイズの手で殺されたはずだろ。



何でここにいるんだよ!!


================================


意識の空白は、数秒だったはずだ。


列車の疾走感が足の裏から伝わり、俺は我に返った。

ハッと視線を向ければ、その女性と他の男女カップルが怪訝そうな目を

俺に向けている。


「…どうかされました?」


対面に座る女性が、俺に質問する。黒目と黒髪が目立つ少女だった。


「い、いえ別に。ちょっとそちらの女性が、知り合いに似てたので…」


言葉を濁しながら、俺は今になって妙な違和感に気付いた。


あれ?

確かこの団体って、男女二人ずつの四人連れじゃなかったっけか?

あと一人いたはずだ。彼はどこに行


「ちょっと失礼。」


背後からの声に、向き直る間さえもなかった。


ダァン!!


息が詰まる。


車内の光景がきれいに一回転して、うつ伏せに床に叩きつけられた。

捩り上げられた右腕が、今になって鈍い痛みを訴えてきている。


「話を聞かせて下さい。」


視線が向けられない。しかし恐らく間違いない。あのもう一人の男だ。

俺が呆然と立ちすくんだあの一瞬、席を離れて死角に移動したらしい。



だけど何でだ。


彼女へのリアクションだけで、この対応はあまりにも常軌を逸する。

俺が一体何をしたんだ。


俺は彼女を見た一瞬、ミズレリかと勘違いしただけで…


待て。

ちょっと待て。


そもそもミズレリ・テートって女はこんな顔をしてたか?

あいつの天恵は【変身】だ。いつも他人の姿になっていたから、素顔は

あんまり印象に残っていない。常に想起するのは最新の借り顔だった。

今も俺は、記憶に残っている彼女の顔を思い起こしたはずだ。

つまり最後の顔を…


背中に冷たいものが走った。


忘れていた。

そして思い出し方がお粗末過ぎた。


ミズレリの最後の顔。

いや「最期の」顔。


それは

確か



マルコシム聖教の教皇女、ポロニヤだったはずだ。

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