一緒にいるという意味
…え?
な、何でちょっと泣いてるの!?
あたし、そんなにとんでもない事を言ったっけ!?
とにかくロナモロスに一矢報いたいから、出来れば一緒に来てって…
………………………
あれ。
今度はちょっと笑ってない?
ねえ。
もしかして馬鹿にしてる?
ねえアースロ。
あたし、そんなに馬鹿みたい?
ねえちょっと。
…………………………
いいえ。
馬鹿になんてしてませんよ。
ちょっとこみ上げるものがあって。
すみません。お許しください。
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どうして僕なんですか。
何度ゼノ様にそう問うただろうか。
その疑問は僕だけではなく、周りのほとんどの人たちの顔にもあった。
どうしてお前なんだよ、と。
だけどゼノ様は、最後の最後の瞬間までまともに答えてくれなかった。
ただポロニヤ様と一緒に行け、と。
どこへ行けとさえ言われなかった。
死んでも護れとも言われなかった。
ただ一緒に行けとだけ。それだけ。
命令としては、あまりにもふわっとし過ぎていた。あんな言葉だけでは
どれほど覚悟を持って臨めばいいかさえも分からなかった。
案の定、逃亡はグダグダになった。己の偽者の姿に慄いたポロニヤ様は
イグリセ王国に逃れる事を即断したものの、その後はほぼノープラン。
考えなしの家出旅みたいになった。自分でもかなり呆れていた。
何なんだこのざまは。
これでいいんですが、ゼノ様。
何度そう自問しただろうか。
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家はそれなりに裕福だった。教育もしっかりと受けさせてもらえたし、
剣の腕もバッチリ磨いた。ただし、両親がマルコシム聖教の敬虔な信者
だったから、天恵宣告には全く無縁のまま成長した。まあ別にいい。
だけど僕は、何事にかけてもどこか本気で打ち込めない性格だった。
もちろん、勉強や習い事は真面目にやった。それが大切と思ったから、
きっちりと身に着けた自負はある。打ち込めないっていうのはむしろ、
そんな必要な事に関してじゃない。情熱を傾ける何かがないって話だ。
宗教の教義に身を捧げるって感覚は理解できないし、距離を感じる。
主君への命がけの忠義というのも、何か現実味を感じる事が出来ない。
ある意味、冷めてると言うべきか。これはもう、僕の性分なんだろう。
剣の腕を買われて聖都防衛の任務を得て後も、それは変わらなかった。
相変わらず僕は、打ち込めるもののないまま日々を過ごしていた。
そんな中、大神官ゼノ様がこの僕に厳命したんだ。
もし何かあった時、あなたが教皇女と一緒にここから逃れなさいと。
何の冗談ですかと、本気でゼノ様に問い返した。
もっと適任の人が、いくらでもいるじゃないですかと素で訴えた。
嫌だったからじゃない。純粋にそう考えたから。もちろん謙遜とかじゃ
ないのは、他の衛士さんたちの反応でもハッキリ示されていた。
どうしてこの若僧なのですか。
私なら彼よりもっと確実に教皇女をお護り出来ます。
命がけでお護りする覚悟です。
そういう先輩方の言葉に、誰よりも賛同していたのは僕自身だった。
技量も十人並みであり、しかも熱意が決定的に欠落している。誰よりも
それを知ってるのは僕自身だった。だからしつこく食い下がったっけ。
頼むから他の人にして下さいって。
だけど、ゼノ様のご意志が最後まで変わる事はなかった。
陥落する聖都から、僕はポロニヤ様と一緒に逃げ出して途方に暮れた。
どうすりゃいいんだと喚きたかったけど、あまりにカッコ悪過ぎるから
何とか堪えた。ついでに涙も。
行く先々でロナモロス教に出くわす不運に、ワザとやってるんじゃ?と
疑いの目を向けられた。言い訳など出来るはずもなく、開き直った。
それでも何とかイグリセに到着し、ひと息ついた。そして物見遊山だ。
観光気分で向かったロンデルンで、また妙な厄介事に首を突っ込んだ。
行く先々での困難には、いい加減にしてくれと言いたくなってたっけ。
人との出会いにだけは妙に恵まれ、何とか安全な場所にまで来られた。
ポロニヤ様も、さすがにホッとした表情で笑っていた。何とかここまで
来られたねと、僕に笑っていた。
あの時、不意に泣きそうになった。
理由は分からなかった。
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そして今日。
ポロニヤ様は、ここを一緒に発ってロナモロス教を追おうと提案した。
その言葉を聞いた時、僕は今度こそ涙を堪え切れなかった。と同時に、
笑いも堪え切れなかった。
何でかって?
今さら分かったからだ。
ゼノ様が、どうして他の人ではなく僕を「一緒に行かせた」のかが。
ゼノ様は言った。
一緒に行けと。
そう。
命を懸けて護れとか、そんな命令を受けたわけじゃないんだ。
ただ一緒に行けとだけ言われた。
そんな命令を、情熱など持ってないこの僕に何で与えたのだろうか。
今なら分かる。
命を捨ててでも護ってくれる衛士。それが同行したなら、ポロニヤ様も
この上なく安心だっただろう。で、その衛士は文字通り、命尽きるまで
ポロニヤ様を護り通しただろう。
で?
その後は?
全ての逆境から自分を護ってくれていた存在が、死んでしまったなら。
その日から、ポロニヤ様はいったいどうやって生きていくというのか。
護られていれば、余計な事を考える必要もない。逃げるも戦うも相手に
任せておけばいい。そんな生き方を続けていて、ある日突然護り手が
いなくなったら、どうするのか。
何にも出来ないまま絶望する。ただそれだけだ。他の選択などない。
教皇女として育った人に、そこまでバイタリティがあるはずないんだ。
護られたまま逃れたとしても、結局心は外にまでは出ていけなかった。
逃れた先に何があるかなど、ゼノ様にだって分かるはずが無かった。
そんな未知の世界で、本当に必要となる存在。
それは何があっても護ってくれる、鉄壁の如き守護者じゃないんだ。
一緒に悩み、一緒に迷い、その後で一緒に歩いて行ける同伴者だ。
弱音も吐くし、困らせる事もある。教皇女に丸投げする事だってある。
自分が何とかするしかないと、そう考えさせられる機会さえあり得る。
同伴者って、そういうものだろう。
あらためて思えば、ゼノ様は僕の中にポロニヤ様と似た何かを見出して
いたのかも知れない。だからこそ、一緒に行けとだけ命じたんだろう。
後はあんたたちで何とかしなさい。それが本当の意志だったんだ。
僕は守護者になんかなれない。
そこまで崇高な情熱は持ってない。持てないのが僕という人間だ。
それを十分理解した上で、ゼノ様は僕に託したんだ。
ポロニヤ様の命や安全じゃない。
未来を。
一緒に迷う事の出来る僕だからこそ共に紡げる、ポロニヤ様の未来を。
そうですよね、ゼノ様。
そうでなきゃ、先輩方を差し置いて選ばれるはずはない。絶対にない。
そしてポロニヤ様が、こんな提案を真顔で僕にしてくるはずもない。
自意識過剰じゃない。
豪奢な籠の鳥だったポロニヤ様は、今日までの日々の中で変わった。
聖都にいた時とは本当に見違えた。それはきっと、僕がいたからだ。
僕が導いたって意味じゃない。ただ僕が一緒だったからだ。頼りない、
この僕が。
こんな僕が、ポロニヤ様を変えた。
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「で、どうなの?」
「もちろん行きますよ。セルバス様に何と言いましょうかね。」
「さあまだそこまでは考えてない。一緒に考えてよ。」
「了解です。」
考えましょう。
大いに考えましょう。
多分、また苦難が待っています。
だけどポロニヤ様は、ご自身の心でそれに立ち向かう事を決めた。
なら僕は、どこまでも一緒に行く。ただそれだけの話です。
ゼノ様。
これでいいんですよね。
いざとなれば、僕も体を張ります。
先輩方に顔向けできる程度には。
とりあえず。
まずは一緒に考えてみます。
これからの未来を。