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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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朗報と悲報

爆弾騒動からこっち、俺とネミルの身辺はかなり騒がしかった。

警察の聴取もしつこかったし、店を再開させるまでに5日かかった。

再開したら再開したで、新聞社だの何だのとっかえひっかえ来店した。


もちろん、悪意を持った奴らは容赦なく心を塗り潰し、店の事も事件の

概要も全て忘れさせて追い返した。おかげで、店も俺たちもそれ以上の

好奇の目に晒される事はなかった。…何と言うか、慣れてくると非常に

使い勝手がいいな「魔王」の天恵。何でも使いようって事だ。


てなわけで、ようやく平穏な日常が戻りつつあった。


================================


数日振りの晴天がありがたい日の、けだるい午後。


チリリン。


「いらっしゃ…」


来客を告げる音に向き直った俺は、挨拶の言葉を途中で途切れさせた。

…珍しいのが来たな。


「…よう姉貴。珍しいな。」

「何よ?その不愛想な対応は。」

「あっ、ディナさんこんにちは!」

「ホラホラ、客商売ならこのくらい愛想良くなくちゃ。ねーそうよね、

ネミルちゃん!」

「はあい、どうぞどうぞ!」


にこやかなネミルに笑い返し、来店した俺の姉―ディナが俺のすぐ前に

ゆっくりと座る。…何だその顔?


…今日まで来た事なかったくせに、何でそんなテンションなんだか。


================================


ディナ・マグポット。

俺のすぐ上の姉で、歳は24。今は出版社の編集部に勤めている。

別に、仲が悪いってわけじゃない。でも今まで店に来た事はなかった。

本人ははぐらかしてたけど、理由は母親と兄からとっくに聞いていた。


俺が独立し、ネミルと許嫁の関係になったのがショックだったらしい。

平静を装って祝ってくれてたけど、実はめちゃくちゃ焦ったんだとか。


まさか俺に先を越されるとは夢にも思ってなかった。仕事の話じゃなく

結婚の話だ。5歳も年下の俺が先に結婚するってのは、プライドに障る

大ごとだったらしい。…そんな事を言われてもって話なんだが。


今までそれが理由で来なかったんだとすれば、今日はどうしたんだろ。

…何と言うか、「訊いてくれ」ってオーラを全身の毛穴から出してる。

ココアを用意しながら、俺は可能な限り自然に切り出した。


「珍しいよな。何かあったのか?」

「訊きたい?」

「え?あ、ああ。」

「ホントに?」

「………………」


めんどくさいな我が姉ながら。

崩れそうなニヤニヤが気持ち悪い。さすがにネミルも少し引いてるぞ。

ええいもう仕方ない。


「ぜひ聞かせてくれよ。なあ。」

「プロポーズされたのよん。」

「え?」

「ええっ?」


何だと?


「誰に?」

「ドッチェに。知ってるでしょ?」

「ああ、あの人かよ!…確か職場も一緒だったよな?」

「そうそうそうそう!!」


ますますにちゃっと顔全体に笑みを広げつつ、ディナは心底嬉しそうに

声を高くした。


「昨日の夜の帰りがけよ。ちょっと飲もうって話になってさ!!」

「飲みの席でプロポーズか?」

「そうよ悪い?何か不都合ある?」

「何もそんなこと言ってねえよ。」


面倒だなホントに!


「受けたんですか?」

「もちろん!!」

「わぁ、おめでとうございます!」

「ありがとねえぇぇネミルちゃん!そんでゴメンね抜け駆けしてぇ!」

「え?…あ、いえいえ。」


ドヤ顔で存分に勝ち誇るディナに、ネミルはキョトンとするばかりだ。

そうか、それが言いたくてわざわざここに来たって事か…。


「父さんたちは知ってるのか?」

「これから言いに行くのよん。」

「…先にこっちに来たのかよ。」

「そうよ悪い?文句ある?」

「何にもない。」


もういい。

おめでとう。心からおめでとう。



ココア飲んでさっさと帰ってくれ。

な?


================================


翌日。


「お祝い買って来た!!」


買い出しに出ていたネミルが、少し顔を赤くして帰って来た。

手には四角い包みを持っている。


「お祝い?…もしかして姉貴の?」

「そう!」

「気が早いな。…まだプロポーズを受けたってだけだぞ?」

「いいじゃん早くても!!」

「ああ。まあ…うん。」


こっちもこっちで興奮してるなあ。

まあ、いずれ義理の姉になる相手の話だからな。無理もないのか。

これはこれで微笑ましい。


「…で、何を買って来たんだ?」

「これこれ!!」


そう言いながら、ネミルは迷いなく包みを開けて中身を取り出した。

おい、開けちゃっていいのかよ。

…って、それ本か?


「……何の本だ?」

「ほら、知ってるでしょ!?」

「ええっと…」


『三つ編みのホージー・ポーニー』

………


「……児童文学じゃねえかよ。何でこれが結婚のお祝いになるんだ?」

「これなら、男の子でも女の子でも読めるでしょ?あたしも好きだし」

「子供へのプレゼントかよ!!」


いくら何でも気が早ええよ!!


================================


『三つ編みのホージー・ポーニー』


俺たちの生まれるずっと前から長く読み継がれている、名作文学だ。

三つ編みがトレードマークの女の子「ポーニー」が、冒険の旅に出たり

家族のために頑張ったりする物語。シリーズもかなりの数が出ている。

国語の教科書にも載ってたし、俺も小さい頃はシリーズ全巻読んだ。

きっとこれからも読まれていくのは間違いないし、実にいいと思う。


おめでたのお祝いなら、だけど。


「せっかくだし、原作者サイン入りとかにしたいなあ。どうだろ?」

「ああ、そう言えば…」


原作者って、確かこの街のどこかに住んでるって話だったっけな。

名前は確か…エイラン・ドールだ。そうそう、間違いない。


…ん?

何でこんなにすぐ名前が出たんだ?


本の原作者表記は見てないし、別に熱狂的なファンって訳でもない。

そうじゃない。確か、どっかでその名前を見たんだ。それも今日…


「あっ」


思い当たった俺は、マガジンラックから今日の新聞を取り出した。

そして慌てて社会欄を開く。そうだ確か、ここに…


あった。


「どうしたの?」

「いや…」


答える代わりに、俺は記事の一部をそっと指で示した。


「…あ……」


そこに目を向けたネミルが、小さく呟いて眉をひそめる。


『児童文学の巨匠エイラン・ドール死去 享年92歳 最期は自宅で』


そうだった。

朝、これを読んだんだった。

亡くなったのは昨日の夕方らしい。



どんな偶然だよ、これは。

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