表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
4/597

神託師を継ぐもの

不思議なもんだ。


大泣きしたら、何かさっぱりした。ネミルの顔にもそう書いてある。

二人で泣いた事で、爺ちゃんの死を受け入れる事が出来たかもと思う。

もちろん、悲しいのは変わらない。また泣く事もあるかも知れない。

だけど少なくとも、受け入れた上で前を向ける気はしていた。


ぐちゃっ


「!?」


いきなり顔に濡れたハンカチを押し付けられ、俺はぎょっとした。

泣き腫らした顔に笑みを浮かべて、ネミルが呟く。


「あーあ、ぐちゃぐちゃだよ。」

「いやお前もだろ。」

「だね。…あ」


俺の頬からハンカチに糸が引いた。これは多分…


「ごめん、鼻水ついちゃった。」

「……いいよ別に。」

「ごめん。」

「いいってのに。」

「いやこれ誕生日プレゼントなの。いつの間にか使っちゃってて…」

「ああ…」


そういう意味か。正直忘れてたな、誕生日だって事。だから俺の好きな

紺色だったのか、このハンカチは。


「また買い直すから…。」

「いいよいいよ。」


そう言いつつ、俺はネミルの手からハンカチを取り上げた。予想以上に

ぐっしょりになっていた。


「もらっとくよ。俺好みだし。」

「え」


……

何だよその顔は。

何でちょっと引いてるんだよ。

こんなもん洗濯すれば問題ない…


「鼻水ついてるのが好みなの?」

「色がだよ!!」


ぐちゃ!


うわぁ勢いで握っちまった。

何やってんだ俺たち。

何を笑ってんだ俺たち

爺ちゃんの前なんだぞ?


まったく…


================================


いい葬式だった。

変に湿っぽい感じにもならず、街の皆で賑やかに爺ちゃんを送った。

これで良かったんだと、俺たち二人含めてそう確信できた。


埋葬の時は、やっぱり俺もネミルもまた泣いた。でも他の人たちだって

そうだったから、当たり前の感情と思っている。あばよ、爺ちゃん。


慌ただしい数日が過ぎた、その日のうららかな午後。

俺と両親は、ステイニーの家に再び招かれていた。


================================


「お忙しいところすみません。葬儀の時はお世話になりました。」

「いえいえ。」


挨拶を交わす親たちにぼんやり目を向けていた俺は、対面に座っている

ネミルに軽く手を上げる。ネミルも同じように手を上げ、小さく笑う。

よかった、ちゃんと普通に笑えてるらしい。ちょっと安心した。


両親はともかくとして、俺までこの場に呼ばれた理由は何だろうか。

いろいろ想像はできるけど、どれも確信が持てない。見当違いなのかも

知れない。それは分かっている。


だけど、そんな中に何となく予感があった。腹を括る時なんだろうと。

望むところだ。こちとら、誕生日が潰れたせいで所信表明できてない。

今がその時と言うのなら、がっつりかましてやるとも。


なあ、ネミル。


================================


「マグポットさんもご存じの通り、父は神託師を務めていました。」


居住まいを正したネミルの父親が、そんな風に話を切り出した。

この人は爺ちゃんの長男で、正式な初等学校の先生だ。時々爺ちゃんを

技能講師として招いていたっけ。


「神託も天恵もとうの昔に廃れてはいますが、絶やしてしまうわけには

いきません。それは恵神ローナへの背信になってしまう。だからこそ、

我がステイニー家では代々、神託師を受け継いできたんです。」

「…………」


ん?

ちょっと待てよ。

考えた事もなかったけど、そもそも神託師って世襲制だったのか。

つまり爺ちゃんは、親から神託師の仕事を受け継いだ…って事になる。

恵神ローナの伝承は昔から存在するから、何代も続いてるんだろう。


だけど、目の前にいるネミルの親父さんは、れっきとした学校教師だ。

まさか今から、その職を捨てて父の跡を継ぐって事になるんだろうか。

いや、こんな有名無実な仕事に…?


「疑問が顔に出てるよトラン君。」

「え?…あ、し、失礼しました!」


その親父さんから苦笑交じりで指摘され、俺はかなり慌てた。どうやら

あからさまに変な顔してたらしい。俺の両親も苦笑していた。


「まあ君の考えていた事は分かる。代々継いできたなら、どうして私が

当たり前の如く他の職に就いているのか…って話だよね?」

「そうです。」


あえて正直に答えた。その方が話が早いと思ったからだった。

親父さんはフッと寂しそうに笑い、何度か小さく頷いた。


「…今さら言うまでもない事だが、神託師という職の存在意義はもう、

限りなく薄い。ロナモロス教は既に衰退し、天恵を得たいと思う人など

本当に数えるほどだ。だからこそ、この仕事は長子ではなく末子相続と

定められていたんだよ。」

「末子相続…ですか。」


そう言ったのは、俺の親父だった。どうやら親父も初耳だったらしい。

もちろん俺の母親も同じ。何なら、ネミルも初耳だって顔をしている。

俺は、その言葉の意味を考えた。


末子相続。

つまり長男であるこの人ではなく、爺ちゃんの末っ子が継ぐって事か。

有名無実だけど絶やすのはまずい。だから相続は末っ子。何と言うか、

本当に「遺してるだけ」って感じの世襲だ。ほとんど需要がないのに、

そこまでする必要あるんだろうか。その末っ子、貧乏クジじゃないか。

俺だったらそんなの…


あれ?

って事は、爺ちゃんの跡を継ぐのはこの人の弟か妹。つまりはネミルの

叔父さんか叔母さんって事になる。だけど、そんな人いたっけか?


「私には、弟が二人いました。」


俺の疑問を見透かしたかのように、親父さんはひと息ついて続けた。


「末子相続という定めがある以上、神託師に子供が複数いるのは当然の

事です。父ももちろんそうでした。…しかし不幸にして、私の弟たちは

若くして世を去ってしまった。」


え?つまりネミルの叔父さんたちはもう亡くなってるって話なのか。

チラと見ると、どうやら俺の両親はその事実は既に知っていたらしい。

なら結局、後継者はどうなるんだ?


「…弟たちが他界した後、父はもう子供を作ろうとはしませんでした。

だから子供は私だけになった。その時には私はもう教師になっていた。

父も、今さらそれを辞めてくれとは言えなかったのだと思います。」

「…じゃあ、どうなるんです?」


尋ねたのは俺の母だった。


「ルトガーさんの跡を継ぐご子息がいない。なら、次代の神託師は…」

「とても稀な例ですが、この場合は一代を空白にする事になるんです。

つまり私の代を飛ばし、私の子の代で末子相続を行うという事です。」


「えっ」


思わず声を上げてしまった。

親父さんの言った事の意味が、ほぼ一瞬で理解できてしまったから。


要するに、爺ちゃんの次の神託師は「この人の末っ子」って事になる。

それはつまり…


「ネミル。」

「えっ」

「お前が跡を継ぐ。それがルトガーお爺ちゃんとの約束だ。」



宣告の言葉は、残酷なほどはっきり耳に響いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ