表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
399/597

己の存在意義に問う

あの日から、思う事がある。


魔獣に襲われ、命からがら建物内に立て籠もったあの日から。

ピアズリム学園襲撃の日から。


…いや、違う。

実際は、もっと前からだったんだ。


もっともっと前から、心の奥深くにずっと滞っていた思いなんだ。



あたしは何をしてるんだろうって。


================================


あの日。


聖都グレニカンが陥落し、お気楽に生きていたあたしの日々は潰えた。

何が起きたのかも分からないまま、あたしはアースロと共に逃亡した。

己の偽者が群衆に手を振る姿に震え慄き、全てを捨てて国を脱出した。


それからの日々は。


言っちゃ何だけど、楽しかった。

難しい顔をしている割に抜けているアースロとの旅は、どこか緊張感に

欠けていた。まるで旅行みたいだといつも思っていた。実際、二人とも

イグリセ王国に渡ってからは完全に旅行者気分だったように思う。


女王陛下に資金の援助を受けようと考えた矢先、自分の偽者が謁見を

目論んでいるという話を耳にした。悩んだ末にその事を警告しに行き、

どうにか聖都の二の舞は阻止した。もちろん、あたしたちの力だけじゃ

どうにもならなかっただろうけど、あの時は本当に出会いに恵まれた。

憧れだったホージー・ポーニーにも会えたし、その秘密まで聞けたし。


その時の縁から、今の生活がある。

イデナスの街のお屋敷で、領主様の奥さんのご厄介になっている今が。

シュリオ・ガンナーさんのお母さんのセルバスさんは、気さくな方だ。

あたしたちの素性を知ってもなお、飄々とした態度を一切崩さない。

腫れもの扱いする訳でもなく、ただ客人として歓迎してくれている。

あたしたちはこのお屋敷に、かなり長居をしている。それまでの顛末を

思い返せば、定住する気じゃないかと勘繰られそうなほどに。


だけど少なくとも、楽だからここに居座っている…ってだけじゃない。

ここにいるのがある意味ベストと、それなりに理解してるからこそだ。


マルコシム聖教がロナモロスに併合されてしまったとは言っても、今も

教皇女という存在がきわめて重要な事実は変わらない。謁見の後の事は

それなりに聞いたし、偽者が死んだという事も知っている。他でもない

シュリオさんが教えてくれた。正直それを聞いた日は、眠れなかった。

ざまみろとか、そんな思いは微塵も浮かんでは来なかった。


ロナモロスの傀儡と化した父たちがどう言い繕おうと、本物のあたしが

生きているという事実は覆らない。名乗り出ればそれで情勢は変わる。

女王陛下と騎士隊なら、そのあたり見事に情報操作するだろう。


そういう意味でも、あたしがここに留まるのはひとつの理想的選択だ。

シュリオさんの実家であり、いざとなればすぐ駆けつける。領主という

地位も考慮すれば、安全でもある。シュリオさんがお母さんにそこまで

説明したとは思わないけど、そこはセルバスさんも察しているだろう。


「人質」…というのは違う。

やはり「保護」というのが適切か。


ここにいる限り、およその事態には対処できるからこその滞在だ。

その事はあたしもアースロも十分に理解している。ピアズリム学園での

騒動の際には、そういった意味でも本当に生きた心地がしなかった。

せっかく亡命したってのに、こんな状況で死んでどうするんだよって。


結果、あたしはまたも奇異な偶然に救われた。

同じ場所に避難したトランさんが、ポーニーさんの雇い主だったという

信じ難い出会いに。やはりあたしは人との出会いに恵まれているんだと

後でアースロにしみじみと語った。同感だとアースロも言っていた。


変なトラブルに直面する機会が多い代わりに、人との出会いを得る。

それがあたしたちという存在の本質なのかなと、真面目に考えた。


だけど。

本当にそんなのでいいのか。


確かにここは安全だけれど。

生きていくのに不自由はないけど。

働かせてもらう事だって、不可能というわけじゃないだろうけど。

教皇女としての自分を捨て去って、生まれ変わる事だって出来るかも…



ダメだよ。

そんなのダメだよ。


ずっと心の奥底にあった自分自身の言葉が、ようやく聞こえてきた。

当たり前過ぎて、まともに意識した事さえなかった事実と一緒に。


あたしは教皇女ポロニヤなんだよ。

マルコシム聖教の未来を担うべき、選ばれた存在だったんだよ。


分かってる。

マルコシム聖教が、もうこの世界に存在していないって事くらいは。

教皇である父が認めてしまった今となっては、その言葉は覆らない。

たとえロナモロス教が今後どうにかなってしまうのだとしても、聖教が

取り込まれたという事実そのものは決して変わらない。もう手遅れだ。

許し難い蹂躙だったとしても、世の流れは全てが勝ったか負けたかだ。

蹂躙を許してしまった時点で、もうマルコシム聖教に未来はなかった。


だから?


もう今さらどうしようもないから、せっかく助かった命を有効に使え?

それもひとつの道だ。大神官ゼノが示してくれたのも、そんな道だ。

ゼノは逃げろとしか言わなかった。その後の指針など、アースロにさえ

何ひとつ託していなかった。正直、不親切過ぎると思ったのも事実だ。

逃げるにしたって、せめてもう少し道標が欲しかったなあと。


だけど今となっては、ゼノの思いは十分過ぎるほど理解できる。

あのまま併合されてしまえば、もうあたしに出来る事なんて何もない。

ならばせめて、傀儡とならず自由に生きていって欲しいと。

生まれた時からあたしを知っているゼノだからこそ、最後の最後の場で

そんな思いを託してくれたんだ。


逃げて、生きてくれればいいと。

解釈が都合良すぎるだろうと言われそうだけど、間違ってないはずだ。

少なくともあたしは、ゼノの気持ちくらいは理解できるから。


彼女があたしに、それ以上の期待を絶対にしないって事も分かるから。


あなたじゃ無理だから。

だから絶対無理しないで。


その思いは否応なしに伝わるから。


ありがとう、ゼノ。

その気持ちは、本当にうれしい。

感謝してるよ。


でもね。

あらためて思うと、ムカつくよ。


期待しないあなたにも。

期待されないあたしにも。



あたしは一体、何なんだろうか。

何のために生きてるんだろうか。


確かに、人との出会いにはとっても恵まれてる。それは事実だ。


だけどさあ。


あたしと出会った人たちが、同様に出会いに意義を見出しただろうか?

出会えてよかったと、本当に思ってくれただろうか?


いくらあたしが能天気でも、そんなお花畑な想像は出来ないんだよ。

あたしと出会えてよかったと本気で思ってくれる人が今までいたとは、

到底思えない。情報提供って意味で感謝されても、それはあたしという

人間の存在意義とは関係がない。

これまでを振り返ってみれば、全てあたしじゃなくてもいい話ばかり。

あたしって一体、何なんだろうか。


今さら、教皇女という肩書きに縋る気持ちはない。強がりじゃなくて。

信徒たちが不幸でないのなら、もう聖教の再興なんかも考えはしない。

終わってしまった事なんだから。


だけど。

あたしはまだ終わってない。


いや。

まだ始まってもいない。


何なのか、じゃない。

あたしは一体、何をやってるんだ。


何が出来るかって問題じゃない。

何をしているかが全てなんだよ。

あたしは、何にもしてないんだよ。


こんなまま生きていける訳がない。それはゼノではなく、自分自身への

耐え難い背信行為だろう。ワガママと言われようと、それは譲らない。

たとえゼノに背く事になろうとも、あたしはとにかく何かがしたい。


あたしの人生を変えてしまったあのロナモロス教に、仕返しがしたい。

どんな形であろうと、一矢報いたいと心から思う。本当に今さらね。

あたしは、もうすこしあたしという人間を見直したいんだ。

出会った誰かが、出会いに感謝してくれるような存在として。


だったら動かないと。



覚悟を決めないと!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ