孤独なるイララ
暗い。
そして静か過ぎる。
真っ暗じゃなく、薄暗い独房。
その中途半端さが、なおさらここに満ちる孤独を増幅している感じだ。
縛られているわけじゃない。
最低限、動き回るだけのスペースは確保されている。運動もできる。
その中途半端さが、なおさら自分の今後についての推測を妨げる。
あたしは人殺しだ。
本当に殺したのはターラ・カミナスだけだったけど、それでも殺人罪に
変わりはない。聖都グレニカンでの大暴れの件も併せて考えるならば、
もう死刑になってもおかしくない。そのくらいは分かってるよ。
あたしだって、何の覚悟も持たずに暴れ回ってたわけじゃないんだ。
ただ、認めて欲しかっただけだよ。
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【獣化】は、時代が時代なら大いに名を馳せられた天恵だろう。
天恵宣告が廃れ、世界がそれなりに平穏である現代においては、完全に
腫れもの扱いされる末路が確定だ。あたしは、そんなの許せなかった。
だから求められるがまま、時として求められる以上の大暴れをした。
あたしはここにいるんだと、大声で叫ぶ代わりに爪痕を残し続けた。
だけど、最初から分かってもいた。
いくら力を振るおうと、ゲイズにはあらゆる意味で絶対に勝てないと。
もし彼女がいなくなったとしても、あたしにはその穴は埋められない。
本当にゲイズが殺された事により、そんな想像は立証されてしまった。
そして彼女は復活し、あたしの能力なんか遥かに凌駕してしまった。
どうやっても勝てないという残酷な現実は、ますます上塗りされた。
もういいよ。
あたしに出来る事なんて、ゲイズと比べれば本当に上っ面だけだ。
ターラを迷わず殺したのは、そんな苛立ちがあったからかも知れない。
その夜。
あたしは、あの得体の知れない女によって捕らえられた。
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ガコン!
『食事だよ。』
鈍重な扉の下部分が開き、トレイが差し入れられる。いつも通りの、
そこそこまともな食事だ。…正直、昔食べてたものよりずっとマシだ。
この中途半端な待遇が、これからの自分に対する決意さえも鈍らせる。
あたしは一体、どうなるんだ。
「ねえ。」
『うん?』
日に二度やってくるこの看守の女性は、ある程度まで話をしてくれる。
顔は見た事ないけど、おそらく年上だろうなと思う。この人との会話が
あたしの正気を繋ぎ止めている。
「刑の執行って、まだなの?」
『まだまだみたいよ。』
「……」
まだまだなのか。
適当に答えてる風でもない。なら、まだまだこんな拘留が続くのか。
『もういい?』
「ちょ、待って。」
話題が尽きると帰ってしまう。でも今日はもうちょっと色々知りたい。
どこまで話してくれるかは判らないけど、とにかく…
「移監されたりって事はないの?」
『何、ここが不満?』
「不満って…」
囚人に対し「ここが不満か」などと訊くのは、ナンセンスじゃないか。
あたしが偉そうに言える事じゃないけど、何だか釈然としないなあ。
「不満と言えば不満だけど。」
『贅沢言いなさんな。』
「せめてもうちょっと、日当たりのいい独房とか…」
『そりゃ無理ってもんよ。』
「どうして?」
『そんな広い空間が近くにあれば、共転送で魔鎧屍兵が来るでしょ?』
「えっ」
背筋に冷たいものが走った。
彼女の何気ないひと言は、あまりに正鵠を突いていたから。
つまりこの場所は…
「…ここって、地下なの?」
『そう。あなたみたいなロナモロス関連の人間だけに使われる独房よ。
周囲に解放空間は一切ない。共転送で届く範囲には、少なくとも細い
通路しかない。魔鎧屍兵が通るのは絶対に無理だし、普通の人間でも
やっと通れるかどうかよ。』
「…そう、だったんだ。」
『聖都グレニカンの二の舞だけは、まっぴら御免だからね。』
「…………………………」
知らなかった。
と言うより、かなり甘く見ていた。
この国と女王と、そして騎士隊を。
そこまで判っている上で、あたしをこの地下牢に収監しているのなら。
そりゃ、移監なんて無理だろうね。高望みにも程があるってもんだ。
「魔鎧屍兵の襲撃を防ぐため、か。なるほどね…」
『どっちかと言うと、あなたの安全のための措置よ?』
「え?」
あたしの安全?
それってどういう…
あ
そうか。
「…共転送で送り込まれた刺客が、あたしを殺すかもって事?」
『そう。』
「…そこまで心配する価値が、このあたしにあるの?」
『自分を人間だと思ってるのなら、ちゃんと罪を償って外へ出る事を
考えなさい。』
「…………………………」
不覚にも、涙がこぼれた。
思いがけない言葉に、心が揺れた。
人間だと思ってるのなら、か。
正直、考えた事もなかったなあ。
あたしはこの地下牢で、死を待っているわけじゃないんだ。
少なくとも生かされている。そして罪を償う機会もあるらしい。
バカだなあ、あたしって。
何やってるんだろ。
ホントに何をやってるんだろ。
『分かったらさっさと食べな。』
「はい。」
急かすような言葉に大人しく頷き、そそくさとトレイを手に取る。
こんな地下にも、温かい食べ物って運んで来れるんだなあ。
暗いけど。
狭いけど。
孤独だけど。
あたしの未来は、消え果てたというわけじゃないらしい。
だったら、今はちゃんと食べよう。
食べて命を、自分を繋いでおこう。
…………………………
ああ。
紅茶飲みたくなってきたなあ。