ポーニーの果てぬ夢
【夢を形に】
エイランの天恵は、名前だけ見れば誰もが羨むような代物だろう。
夢を形に出来るなら、究極の天恵と考えられても不思議じゃない。
だけどもちろん、現実はそんな甘いものじゃなかった。
得た天恵でエイランが成したのは、このあたしという存在の創造だけ。
後にも先にも、それ以外は何ひとつ起こらなかったのである。
最初の頃、エイランはあたしの事を明らかに持て余していた。
人間にそっくりで自我もあるけど、明らかに人間ではない存在。
会話もできるのに、他の人の目には決して映らないし声も聞こえない。
病んだ末の幻覚と言われれば、返す言葉もない。あたしもそう思った。
こんな女の子が、何で【夢を形に】という天恵の権化なのだろうかと。
ローナ様に文句のひとつも言いたいエイランの思いは、直に伝わった。
だけど。
悔しかったのはあたしも同じだ。
生涯に一度の天恵の産物が、病んだ末の幻覚と同列に見られているのは
どうにも我慢できなかった。だからあたしはエイランを叱咤激励した。
弱音を吐く彼を殴り飛ばした。手で触れられないかと思っていたけど、
殴った跡は三日ほど腫れてたっけ。本人も大いに痛がっていた。
あの日を境に、あたしとエイランは完全に開き直った。
天恵を得た結果がこのあたしなら、とことんまでやってやろうぜと。
エイランは、あたしをモデルにした児童文学を書き始めた。
不揃いな三つ編みの女の子が、色々な人たちを幸せにしていく物語。
あたしも、数えきれないほど多くのアイディアを提供していたっけな。
まあ、7割以上は没にされたけど。それでもあたしは「共著」と呼んで
いいくらいの事はやったつもりだ。
エイランは楽しそうだった。
あたしと話してる時も、机に向かい一心に執筆している時も。
全てを懸けて夢の物語を紡いでいくその姿に、あたしは遅まきながらも
天恵の名前の意味を理解した。
【夢を形に】
努力もせずに叶う夢なんて、単なる願望でしかない。夢とは呼べない。
少しずつ少しずつ、形にしていく。だからこそ夢ってのは尊いんだよ。
もしも同じ天恵を、エイラン以外の誰かが得ていたとすれば。
その人の前には、どんな存在が現出していたのだろうか。そう考えると
ちょっと不思議な気分だ。あたしに似た誰かか、人間以外の何かか。
夢を紡ぎながらエイランは少しずつ老い、そして天寿を全うした。
その直前、彼はあたしにひとつだけ頼み事をした。天恵の宣告をした、
ルトガー・ステイニーさんのお宅を訪ねてくれと。ルトガーさんがもう
亡くなっている事は知ってるけど、それでも行ってくれと頼まれた。
そうして今のあたしがある。
エイランが、今に至るまでの顛末を見通していたとは考えられない。
50年も一心同体だったあたしに、そこを見落とすような道理はない。
エイランは、ただ望んだだけだ。
自分の夢の形であるこのあたしを、まだ終わらせたくないと。
その思いがネミルさんの指輪の力と呼応し、奇跡を起こすに至った。
あたしはあたしとして、あらためてこの世界に居場所を得たんだ。
エイランはもういない。
だけどあたしは、まだここにいる。
夢はまだ、終わってないって事だ。
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神託カフェ・オラクレール。
ここでは、冗談みたいな出来事には事欠かない。もしエイランがいたら
ネタが多過ぎると悲鳴を上げていたかも知れない。そんな中にあって、
あたしはあたしだけの夢を抱く。
『三つ編みのホージー・ポーニー』をはじめ、世界中の児童文学小説が
ずらりと並ぶ喫茶店。そんなお店を経営してみたい。そしていずれは、
あたしも何かお話を書いてみたい。
…エイランは、こんなあたしの夢を笑うだろうか?
いいや、そうは思わない。
夢の形が夢を見るなんて、これほど相応しい事はないんじゃないか。
そう言って応援してくれるだろう。
目の前の問題は難物だけど。
それでもあたしは、その先の世界にある夢を追い求めてみたいんだ。
エイランの心を継ぐ者として。
だから今は、喫茶店修行ひとすじ!
【夢を形に】
ねえ、エイラン。
あなたの天恵、素敵な名前だよね。