あえて伝えるべき事は
君に愛国心はあるかと問われれば、あると迷わず答えるだろう。
しかしその程度までを問われれば、地味に答えに詰まる。正直言って、
人並としか言いようがないだろう。
国が傾く事は間違っても望まない。だけど、そのために身を挺するかと
言えば、そこまではやりたくないと返すしかない。悪いけど俺たちは、
そこまで熱烈な愛国者じゃない。
何が言いたいかと言うと。
モリエナが得た今回の情報を、どのあたりまで国に話すかって話だ。
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とにかく、あまりノンビリしている訳には行かなくなった。とりあえず
ネイルの具体的な行き先が判明した現状、何はさておきそこを目指す。
さすがに一足飛びで行ける場所じゃないし、後れを取るのは仕方ない。
俺とネミルが同行する以上、あまり無茶な移動は出来ないって事だ。
「何かあったら、その時はその時。あんまり気負わず行きましょう。」
ローナは相変わらずだ。やっぱり、天恵を獲得した人間が何をしようと
基本的に関与しない…という姿勢は変わらない。それが悪事であろうと
結局は人の行い。後の時代では全て歴史の一部となるから、自分たちも
神目線で物事を考えなくていいって事だ。今さらそれに意見はしない。
ウルスケスの件以降、俺たちはもう完全に割り切っている。
とは言え、何もかも放っておくのはさすがに無責任だ。俺もネミルも、
そこまでローナとは並び立てない。いや、そんな存在になりたくない。
ローナを否定するって事じゃなく、線引きをしておきたいって意味だ。
ローナも、そこまで俺たちの選択を頭ごなしに否定はしない。
幸か不幸か、ロンデルンでタカネが騎士隊の人と繋がりを作っている。
もちろん偽名ではあるけど、以前に比べて通報しやすくなったってのも
事実だ。仮に相手がリマスさんならそこそこ信用も出来る。
俺たちは別に、マルニフィート陛下の配下になりたいわけじゃない。
敵対する気は全くないけど、行動を制限されそうなリスクはいらない。
そして【共転移】で得られた情報というのは、とにかく説明しにくい。
ローナでさえ知らなかった特例だとすれば、もはや世界に唯一だろう。
なおさら説明なんて絶望的だ。
「じゃあ、結局どうするの?」
助手席に座るネミルが、地図を確認しながらそんな問いを口にした。
「ロナモロス教団がヤマンに戦争を仕掛けるとか、そのあたりは…」
「いくら何でも無理だろ。」
ハンドルを握る俺は、正面を向いたまま即答する。
「現時点でまだ仕掛けてないなら、妄言と思われても仕方ない内容だ。
それに…」
「それに?」
「本当に仕掛けるなら、イグリセが国として介入するのは難しいだろ。
むしろどうして知ってるんだ?とか言われたら、国際問題になる。」
『あー、確かに藪蛇になるわね。』
そう言ったのはタカネだった。
『あたしは得体の知れないキャラで通せるけれど、女王の立場からだと
下手な事は言えない。もしミスればロナモロスとの共謀さえ疑われる。
滅多な事は出来ないでしょうね。』
「うーん…なるほど。」
地図を膝に置き、ネミルは腕組みをして口を尖らせる。理解はしたけど
納得はしてないって顔だ。もちろんその気持ちは俺にだって分かる。
知ってて教えないってのは、意外とモヤモヤが残るもんだからな。
同時に、いつもそんな「言えない」情報を強制的に上乗せされていた
モリエナの苦労まで考えてしまう。本当に大変だったんだろうなと。
「まあ、黙ってろとは言わないよ。あんたたちの判断は信じるから。」
背後の窓から顔を覗かせ、ローナが俺たちにそう告げた。
「向こうだって苦労してんだから、ヒントくらい渡してもいいでしょ。
戦争云々って話じゃなくて、もっと身近で差し迫ってる情報とかね。」
「そうだよな。」
確かにローナの言う通りだ。
合理的とは言えないロナモロス教のやる事に、振り回されているのは
まぎれもなく陛下と騎士隊たちだ。国の安寧を護る彼らに、俺たちも
少なからず世話になってる。なら、そういう意味での情報提供なら別に
いいだろう。
だとすると…
「やっぱり、アレだろうな。」
「でしょうね。」
結局、渡すべき情報は決まってる。
復活したゲイズの詳細だ。
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「ラグジ・イオニアから電話?」
「はい。ついさっきです。」
ドラーエ先輩にそう報告しながら、あたしは電話の内容を思い返す。
いきなりの電話には驚いたけれど、もたらされた情報は無視できない。
いや、素直に感謝すべきだろう。
「それで内容は?」
「例の復活したゲイズ・マイヤールに関する詳細でした。」
「本当かよ。どこからそんな情報」
「それはもう、考えるだけ無駄だと割り切った方がいいですよ。」
「…………………………」
強い口調で言い切るあたしに対し、ドラーエ先輩は少しだけ黙り込む。
しかし、沈黙はごく短かった。
「…そうだな。わざわざそんな事でデタラメを言ってくるとも思えん。
ならばもう、信じて共有しよう。」
「はい。」
「皆を集めてくれ。俺は陛下に報告してくるから。」
「了解です!」
迷わず答える声に、力を込めた。
そう。
ラグジ・イオニアなる人物は、今もなお正体不明だ。信じろという方が
明らかに難しい。どこまで行ってもその認識は変わらない。少なくとも
もう少し素性を知らなければ。
だけど、それじゃ前には進めない。こんな状況だからこそ、あたしたち
騎士隊はリスクを承知で動くべきと思う。そう考えているのはきっと、
あたしだけじゃないはずだ。なら、信じて乗っかるのも一興だろう。
今の時点で、ラグジさんがどの辺りまで情報を掴んでるかは未知数だ。
しかし彼女は「あえて」、ゲイズに関する情報を教えてくれたんだ。
要するに、奴と関わるかも知れないあたしたちの安全に関する情報を。
正体が見えないながらも、そこには不器用な気遣いが感じられる。
彼女の独断か、もしくは仲間と相談した結果なのか。いずれにしても、
そういう視点で伝える情報を選んだと思える。いや、そう信じたい。
軽々しく口には出せないけど、その配慮の向こうに少し見えるんだよ。
あたしたちを心配してくれている、オラクレールの人たちの顔も。
見当違いとは、思いたくないな。