目下の重要項目
とうとう、特大級の物騒ワードまで飛び出してきてしまった。
よりによって戦争とは。普通ならば冗談だろと一笑に付すとこだけど、
相手がシャレにならな過ぎる。今のロナモロス教の副教主が冗談抜きで
考えているのなら、笑うどころじゃないだろうな。
とは言え、いきなり国家レベルでの戦争が勃発するという訳じゃない。
モリエナの言葉を信じるなら、まず起こるのはヤマン共和国に対しての
局地戦だ。少なくとも他国に飛び火するような戦いではないらしい。
「俺たちがどうこうする話じゃないだろうな。少なくとも今は。」
「でしょうね。」
俺の言葉に頷いたローナが、ニッと意味ありげな笑みを浮かべる。
「分かってるねえ、トラン。」
「いい加減、あなたとのつき合いも長くなってるからな。」
我ながら染まってるなと思う。でももう今さら、葛藤なんかもしない。
確かに大ごとだ。
ロナモロス教がヤマン共和国に対し宣戦布告なんかすれば、間違いなく
歴史にも残る出来事になるだろう。ただ、どういった形で残るかまでは
まだ未定だ。凄惨な戦争か、またはささやかな珍事か。いずれにせよ、
今のこの時点では何とも言えない。
「いくらエフトポさんが知っていたとしても、流動的だと思います。」
共転移で記憶を得たモリエナ自身もそう言っている以上、この状態では
うかつな事は出来ない。と言うか、もはや話のスケールがデカ過ぎる。
俺たちがどうこうできるかも…とか考える方が、よっぽど危険思想だ。
神を目指しちゃいけない。
ローナの言葉を、俺たちは忘れてはいない。
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今回、モリエナが共転移で得た情報はそれなりに多かったらしい。
死に際だったからじゃないかなと、何とも反応に困る考察をしていた。
エフトポに同情する気はない。まあラッキーだったと思っておこう。
ロナモロス教がヤマン共和国に対し戦争を仕掛けるというのは、確かに
トップレベルにヤバい項目だろう。とは言え、それは俺たちにとっての
トップ項目じゃない。そういう点で優先順位を見誤ると、思いがけない
ミスにも繋がる。俺たちは俺たちの価値観で、しっかり考えないとな。
いったん、立ち位置を見直そう。
キッチンカーを用意して移動店舗を始めたのは、ネイルを捜すためだ。
途中の街ではあれやこれやと問題が起こってたけど、それらはあくまで
受動的な案件ばかりだった。つまり俺たち自身が望んで首を突っ込んだ
わけじゃないって事。その点は今も変わっていない。
あちこちで話を聞いた結果、もはやネイルが海を渡るのは確実だった。
ここまで来たら追うしかないなと、あらためて腹を括ったところだ。
このタイミングでエフトポが来た。結果、ネイルの具体的な目的地まで
判明する運びとなった。ぶっちゃけ流れとしては決して悪くない。
あんまり強引な手段で追いかけると問題になるから、これまで通りの
キッチンカー営業スタイルのままで追う。多少時間はかかるだろうけど
そのくらいトモキは待ってくれる。あくまでも、無理は禁物である。
「そもそも、ヤマンで戦争起こしたとしても、あんま関係ないしな。」
「そうだよね。」
俺もネミルもあっさりしたもんだ。
確かに一大事ではあるけど、直ちにイグリセ王国にまで影響が出るとは
思えない。もしもネイルたちがそう仕組んだとしても、さすがに女王が
きっちり対処するだろう。悪いけどそのあたり、行き当たりばったりな
ネイルが裏をかけるとは思えない。モリエナとしても同意見だった。
『ずいぶん達観されてますね。』
ペイズドさんがそんな事を言った。確かに達観と言えば達観だろうな。
でもこのくらい、「普通の人間」の枠に収めてもいいだろうとも思う。
さて。
現状を踏まえて色々と考えた結果、今現在の重要事項は何か。
「やっぱり、ネイルの身の安全って事になるでしょうね。」
腕組みしたローナの言葉に、異論を唱える者は誰もいなかった。
そう。
それが、かなりの問題になる。
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率直に言って、ロナモロスの連中が何をしようとさほど興味はない。
奴らはオレグストの鑑定眼を使い、有用な天恵の持ち主だけを選んで
自分たちの仲間に引き入れた。その狡猾さは誰もが認めるところだ。
ゲイズや魔鎧屍兵の存在も含めて、世界でも屈指の戦闘集団だろう。
ぶっちゃけ、その事実にもあんまり興味はない。軽視は出来ないけど、
別に俺たちは連中と真っ向から戦う気もないのである。あくまで目的は
ネイルに会って、協力を頼む事だ。穏便に済めばそれでいい話である。
済まないなら、それなりに考える。ローナもそこは考えているらしい。
しかし、それもこれもネイルという人間が存在していてこその話だ。
もし現時点で彼女が何らかの理由で死んでしまえば、俺たちの目的は
ほぼ間違いなく潰える。彼女の天恵が失われれば、それを引き継いだ
人間を探し出すのはもう不可能だ。トモキの帰還も絶望的になる。
戦争なんて知ったこっちゃないが、とにかくそれがきっかけでネイルが
死ぬ展開は願い下げだ。そんな事でこっちの話がダメになってしまえば
泣くに泣けない。
「まあ、ネイルが率先して最前線に立つって事はないと思いますが。」
モリエナのそんな見立ては、ずっとネイルを見てきた彼女ならではだ。
共転移を繰り返したが故に、彼女は他の誰よりネイルの思考に詳しい。
詳しいだけに遠慮もない。
「破滅的な事を考える割に、自分の命にはかなり執着する人なので。」
「面倒臭い奴だな、本当に。」
素でそんな事を言ってしまった。
正直、聞けば聞くほど嫌いになる。何でこんな奴に?と思ってしまう。
言っても仕方のない事なんだけど。
「まあ、前向きに考えよう。そんな奴なら滅多な事で殺されはしない。
コソコソしててくれりゃいい。」
『まあ…そうですよね。』
「ですね。」
『うん。』
ローナの雑なひと言に、向こうでもこっちでも皆が賛同の意を示す。
ここはビビりな性分に期待しよう。…何と言うか、情けないなホント。
さて、まだまだ課題は山積みだ。