目指すはヤマン共和国
『聞こえるー?』
思いのほか鮮明だったその音声に、不覚にもビクッとしてしまった。
でもいいや。細かい事気にしない。はっきり聞こえるなら何よりだ。
…正直、お株を奪われるのはほんの少し悔しかったりするけど。
「聞こえますバッチリ。」
「はい。」
「大丈夫です。」
あたし以外の二人も、タカネさんの言葉に迷いのない言葉を返す。
ちなみにその音声は、カウンターの上に鎮座する小さなユニットから
聞こえてくる合成音声だ。いつもはモリエナの腕輪にくっ付いている、
あのタカネさんの分体が宿っている自律ユニットである。
『あれからそこそこ個体数増やしたからね。このくらいお手のもの。』
理解は及ばないけれど、モリエナのサポートをしているタカネさんは、
個体数が少ないからあの人間体にはなれないらしい。当然、やれる事も
本体と比べるとやや限られている。まあ本来、ちぎれた手の機能補助が
目的だったからだろうね。今では、最初の頃より個体数も増えている。
それで今回、オラクモービル側との中継を担当する…という事らしい。
なお今、モリエナは共転移を使ってオラクモービルの方に赴いている。
エフトポ・マイヤールからの情報を早急に伝える必要があったからだ。
と言っても、あたしたち側もそれを聞いておく必要がある。って訳で、
タカネさんが向こうとの同時中継をする事になった次第。
あたしの文庫本でも似たような事は出来るし、電話を使う手もある。
でも全員が同時にしっかり聞こうと思えば、この方がいいのは明白だ。
何事も適材適所でしょうね、うん。
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エフトポ・マイヤールっていう人が死んだのは、向こうに転移する前に
モリエナから聞いた。あたしは全然知らない人だけど、ロナモロスから
逃れた三人にとっては因縁深い人物だったとの事。特にペイズドさんは
彼の天恵によって死ぬ寸前だった。何と言うか、仇敵に近かったのね。
でも実のところ、ローナさんたちが直接殺したって訳じゃないらしい。
天恵の副作用?みたいなものらしいから、自業自得と言っていいのか。
ともあれ、そこはもう気にしない。彼と共転移をしたモリエナいわく、
重大な情報を何個か得たらしいし。
スパッと切り替えて行きましょう。
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「ヤマン共和国か…」
その名前に、俺は思わず声の調子を低くしてしまった。よりによって、
何とも厄介な国が出てきたもんだ。
『ちなみに、ヤマンってどの国?』
「これです。」
タカネの問いに、ネミルは見開きの地図を掲げてその一部を指し示す。
『ああ、なるほどそこね。』
どっから見てるのか判らないけど、とにかくタカネは確認したらしい。
それを聞いたネミルが捕捉する。
「共和国と言ってますけど、実際の在り方は帝政に近いみたいですね。
独裁政権樹立って噂もあります。」
「割と軍事的にも尖ってたり?」
「ええ。世界有数の軍事大国です。よく知ってますね。」
『まあね。』
何となく、もし体があればため息をついたんじゃないかって声だった。
予感めいたものを覚え、とりあえず訊いてみる。
「…ひょっとして、前にいた世界に似たような国があったのか?」
『さすがに勘が鋭いねトラン。』
今回は苦笑する顔が少し見えたな。どうやら当たりらしい。
『あたしのいた世界では、おそらくドイツに相当する国ね。』
「ドイツ?…で、その国も何かしらヤバいところがあったのか?」
『あったらしいわね。とは言ってもあたしの時代のはるか前だけど。
独裁政権樹立なんて噂があるなら、確かにシャレにならない感じよ。』
「…………………………」
俺を含めた皆が黙り込む。もちろんタカネの話の意味を考えて。
もちろん、俺たちはそのドイツって国に関しては何ひとつ分からない。
異界の知に等しい情報である以上、あまり詳しく聞いても意味がない。
とは言え、タカネの話を信じるならむしろ問題はこれからになる。
ヤマン共和国がそれなりにヤバい国だったとすれば、どうしてわざわざ
ネイルたちはそんな国へ行こう、と考えたんだろうか。その点に関して
モリエナはそこそこ直近のエフトポの記憶を得た。まさにそのヤマンが
ロナモロス教に興味を抱いているという情報の記憶を。
「結局、どうしてネイルたちはそのヤマン共和国を目指してるわけ?」
「皇帝に取り入るつもりです。」
「マジかよ。」
ローナの問いに対する即答に、俺は思わずうめいた。
たかが宗教団体が、ヤマンの皇帝に取り入るって発想がぶっ飛んでる。
と言うか…
「確か今の皇帝…何てったっけ…」
「ヴェルノムク三世です。」
「そうそれ。割と露骨に天恵の存在を否定してなかったっけか?」
確か新聞で読んだ事がある。
「天恵が存在しないという主張じゃなくて、そんなものに頼る人間には
堕落と退廃とが訪れるだけである…とか何とか。」
「一国の皇帝がぬかしよるねぇ。」
怒った風もなくローナがそう言う。いやはや、シュールな話だ本当に。
だけど、今それはどうでもいい。
「そう、皇帝が公然とそういう事を声高に叫んでるような国なんだぜ。
何となく廃れた他の国とは根本的に違う。マルコシム聖教の掌握の方が
ずっと簡単だったはずだ。」
「なるほど。」
俺の話に頷いたローナが、その目を再びモリエナに向けた。
「それを知ってる上で、ネイルたち幹部はヤマン行きを決めたのね。」
「そうらしいですね。」
あえて淡々と答えてはいるものの、モリエナの表情はかなり険しい。
ここまでを聞けば、俺にもこの話のどこがヤバいかは察しが付く。
そこまでのアウェー環境であってもなお推し進めるってのが、どれほど
無茶な事かって話だ。少なくとも、マルコシム聖教の時のような手段を
取る可能性は低い。あの時の蹂躙はモリエナの共転移込みだったし、
さすがに他の国もそれなりに対策はしているだろうし。
だとすれば。
「ネイルは、どんな方法でヤマンにアプローチする気なんだ?」
俺の問いは、ここと店に集う全員の疑問に間違いなかった。
それに対するモリエナの答えには、いささかのためらいもなかった。
「戦争です。」