表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
391/597

神の使徒にあらず

「様」はいらない。

ローナって呼べばいいよ。


そう言われた時は、心底戸惑った。それは限りない冒涜ではないかと。

でも「嫌です」とは絶対言えない。肝を冷やしながらも、その呼び方に

少しずつ慣れていった。


だけど、今ならそれなりに分かる。



彼女が「様」を嫌う理由が。


================================


「何…だ……と…?」


エフトポさんの顔は、怒りと困惑に醜く歪んでいた。無理もないよね。

何にも代えがたい情報の見返りが、そんなふざけた言葉だったなら。

あたしだって、傍で聞いててすごい微妙な感じだし。

だけどこの点に関しては、あたしに理解できる事なんか何ひとつない。

ローナがそう言うならそうなんだと思うしかない。人の認識の外だ。

そして少なくとも、彼女はこういう場面で嘘なんかつかない。


やっぱり、恵神は計り知れない。


「信じられないだろうけど、それが今のあんたが唯一死なない方法よ。

あたしを殺せば、少なくとも死から逃れる事は出来る。」

「…………………………ッ!!」


ギリッ!


多分歯ぎしりだろう。耳障りな音が響き、ますますエフトポさんの顔が

苦痛と憤怒に歪む。対するローナはどこまでも平然としている。ああ、

何とも形容し難い光景だなあこれ。それぞれが何者かを知っていると…


と、次の瞬間。

右の手を懐に入れるエフトポさんの動きを、あたしは見逃さなかった。

考えるよりも先に足が動いた。


ドカッ!!


彼が素早く取り出した小型拳銃を、渾身の力を込めて蹴り飛ばす。

我ながら惚れ惚れする感触と共に、拳銃は東屋のはるか先まで跳んだ。

伸び放題の芝の上に落ちたそれが、カサッと重みのない音を立てる。


「な…………………………」


蹴られた痛みか、それとも病の影響なのか。エフトポさんの手は細かく

震えていた。あたしを見上げるその顔に、それまでと違う色が浮かぶ。

絶望の青黒い色が。


何も言われなかった。

だけど、自分の独断専行が間違っていたとは微塵も思わなかった。

視線を向ければ、やっぱりローナはあたしに笑みを返していた。


それでいいよ、と目が言っていた。

決して間違いじゃないと思う。



それが、ローナという存在だ。


================================


「嘘は言ってないよ。」


もはや土気色に近いエフトポさんの顔を見下ろしつつ、ローナが言う。


「だけど、悪いけどあんたごときに殺される気はない。その気持ちは、

理解してくれるよね?いくら何でも分からないとは言わないよね?」

「…………………………」


エフトポさんは、絶望していた。

何に絶望しているかは、あたしにもはっきり分かった。


あまりにも当たり前の話だ。

ローナの言った事が本当だとして、あたしが殺害を止めた事に対しての

困惑なんか何もないだろう。自分が今殺されるのが嫌だという主張は、

誰にとっても限りなく当たり前だ。


彼女を殺せば、エフトポさんは己の天恵【病呪】から解放される。

少なくとも、それで死なずに済む。間違いなく、それは真実だろう。

ローナは、嘘などは言わなかった。


だけど、それとこれとは別だ。

死なずに済む方法を教えた時点で、取引は終わってる。エフトポさんを

騙したわけでも、裏切ったわけでもない。どこまでも真っ当な結果だ。


生きたいなら、まずあたしを倒せ。それが出来たら拳銃を拾いに行け。

方法は教えたんだから、後は自分で何とかしろ。


それこそが、あたしとローナからの答えだ。



仰ぐ空は蒼く、空気は暖かかった。


================================


「死んだね。」

「そうですね。」


動かなくなったエフトポさんの骸を確認し、あたしは小さく頷いた。


エフトポ・マイヤール。

ロナモロス教団の対外担当であり、ネイルの片腕と言える人物だった。

【氷の爪】の天恵を持つ娘のゲイズと共に、大いに暗躍した。かつて、

何度も共転移であちこちに運んだ。その度に、ろくでもない彼の記憶を

覗き見る事になったっけ。もはや、ずいぶん昔に思える。感慨もない。

呆気ないもんだな…と思うだけだ。


ざまあみろとも思わない。

因果応報とか言う気にもならない。

トランさんたちと同じく、あたしもかなりローナの色に染まっている。

それをあらためて実感した。


あたしは、この人が嫌いだった。

この人だけでなく、ロナモロス教の幹部たちがみんな嫌いだった。

今更な話だけど、母も嫌いだった。その思いは今でも変わっていない。

離反した事に悔いなど微塵もない。


だけど。


あたしは別に、正義に目覚めたとか考えているわけじゃない。

確かに、最初はそんな事も考えた。これで正しい事が出来るんだ、と。

だけど今では、そんな考えはとうに捨てている。それがいかに傲慢か、

少しずつ少しずつ理解できたから。


ローナは確かに、全ての人に天恵を授ける存在だ。恵神という肩書きは

大げさでも何でもない。人を遥かに超越した存在なのは間違いない。


だけど彼女は、絶対の神じゃない。本人が一番そう思っているらしい。

あたしはただ、天恵を授けるだけの「世界の役割の一部」なんだよと。


今なら分かる。

ローナがどうして、オラクレールでお皿洗いなんかしていたのか。

どうしてトランさんたちと一緒に、困難な遠征に身を投じているのか。


彼女は、人間であろうとしている。

体という不自由な器の中で、自分が天恵を授ける人間を理解しようと

いつも思っている。その姿はもう、人間そのものだとしか思えない。

だからこそローナは、神らしからぬ行為に喜んで臨むんだ。


どうしてローナは、エフトポさんにこんな事をしたのだろうか。

許せないから?

違う。

得た天恵で何をしようと、ローナは否定の意を示さない。その点では、

彼女は限りなく平等だ。それこそが「恵神のあるべき姿」なんだろう。

エフトポさんがどれほどの人の命を弄んでいようと、【病呪】の天恵を

得た結果として割り切っている。


ローナはただ好機と思っただけだ。

己の天恵に呪われたエフトポさんが来れば、ネイルの情報が得られる。

またとないチャンスとして、存分に活用した。もちろんエフトポさんに

嘘なんかは何ひとつ言わなかった。その点でも、彼女はフェアだった。


エフトポさんが死んだのは、単なる結果だ。

彼はタカネさんという、おそるべき相手に完敗した。世の常識で言えば

反則と見られそうだけど、そんなの単なる言いがかりに過ぎない。

タカネさんは、ローナが連れてきたわけじゃない。後で聞いた話では、

彼女をこの世界まで呼び込んだのはトランさんのお姉さんの天恵だ。

あくまでも、これは天恵の結果だと考えていいはずだ。


もちろん、ローナも関わっている。

彼女の言葉を借りるなら、そこには露骨なえこひいきが存在している。

トランさんたちが好きだからこそ、彼女はこうして肩入れしてるんだ。


ズルいじゃないかって?

それはどうだろう。

ローナに好かれなかったってのは、悪いけどそれこそ自業自得だ。

こればっかりは仕方ないだろうね。


「残念でしたね」としか言えない。エフトポさんの末路にはね。


そう。


どこまでも、勝手な話ばかりだ。

ネイルも大概だけど、こちらだってお互いさまだ。あたしだけでなく、

トランさんたちもみんな分かってる話だ。勝手な事をしてるってね。


正義なんて、絶対に標榜しない。

ローナと共に行動してはいるけど、神の使徒になった覚えなんかない。

フレド君を元の世界に戻すために、みんなで手を尽くしているだけだ。

偉大な神の意志でも何でもない。


あたしは人間だ。

ロナモロス教に属していた時から、根本的な部分は変わってないんだ。

信じるもの、支え合いたいと考える人が変わったってだけの話。

少なくとも、今の方がずっといい。



さよなら、エフトポさん。


================================


「さて、んじゃ戻ろうか。」

「はい。」


答えたあたしは、蹴り飛ばした拳銃を回収しに向かう。いくら何でも、

あんな物騒な代物を放っておくわけにはいかない。拾い上げた拳銃は、

予想よりも軽かった。


「さっき言ってた話、トランたちに早急に伝える系?」

「そうです。」


即答を返す。

単に答え合わせのためだけの共転移だったけど、予想した以上に色々な

情報を得られた。ひょっとすると、死に際だったからかも知れない。


「いったん店まで戻って、ポーニーさんたちにも説明しないと。」

「分かった。んじゃ急ごう。」


シュン!


ローナの姿が、ひと足先に消える。

彼女の後を追う前に、あたしはもう一度エフトポさんの骸を見やった。


やっぱり、何にも感じなかった。


「さよなら。」


それだけ告げて、意識を集中する。

さあ、ここからはこれまでに増して気合いを入れないと。



ヤバい話ばっかりだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ