死を賭した交換条件
気づかれてないなあ。
まあ、隠れてるからだけど。
久し振りに見るなあエフトポさん。めちゃくちゃ顔色悪いなあ。
無理もないんだろうけど。
ビックリするほど何とも思わない。
ざまあみろって言葉も浮かばない。
あたしにとって、あの人は過去だ。
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「ネイルの…行き先だと…」
「そう。」
「それを知って…グ…どうする…」
「あんたには全く関係ない事だし、わざわざ話す気もない。ってか…」
そう言ったローナは、身を屈めるとエフトポさんにグッと顔を寄せた。
「そんな事を喋ってる時間ないよ。あたしじゃなく、あんたに。」
「………………………グッ!!」
死刑宣告のカウントダウンのような囁きに、エフトポさんは胸を押さえ
苦しげな息を漏らす。遠目に見ても死が近いのは明らかだった。
「そこまで健気に庇う相手なの?」
「貴様は…!」
「言っとくけど、あたしたちは別にネイルを殺そうとかは思ってない。
ただ会いたいだけよ。だから目的地くらい教えてくれてもよくない?」
「…本当に、この私が死なずに済む方法を教えてくれるのか…………?」
「あんた如きを相手に、無駄な嘘はつかないよ。それは約束する。」
そこで彼女は、ニッと笑った。
「恵神ローナに誓ってもいいよ。」
うわあ。
自分で言っちゃうんだそれ。
ペイズドさんもすっごい微妙な顔になっちゃってる。多分あたしも。
笑えないジョークだなあ、ホント。
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沈黙は、長くは続かなかった。
「ネイルは…」
「ネイルは?」
「ヤマン共和国へ向かうはずだ。」
「ヤマンね。嘘じゃないわよね?」
「私と話した後で気が変わってさえいなければ……………間違いない。」
「ヤマンのどこへ行くか、現時点で具体的に決まってるの?」
「……………………首都だ。」
「分かった。ありがとね。」
そう言ってローナは身を起こした。そしてペイズドさんに向き直る。
「お疲れさん、店に戻ってて。」
「あ、はい。あなたは?」
「後はこっちの話よ。ま、聞かない方がいいから。」
「分かりました。お気をつけて。」
「ありがと!」
ニッと笑った彼女の視線が、物陰に隠れていたあたしに向けられた。
「んじゃ、行こっか!」
「はい。」
やっと出番だ。
足早に歩み寄るあたしの姿を見て、エフトポさんが眉をひそめる。
誰なのか判らないって顔だ。ああ、見た目変わってるからなあ。
「…誰だ、お前は?」
「お久し振りですエフトポさん。」
「え?」
「あたしですよ。」
そう言いつつ、迷いなく彼の右肩に右手を置いた。その動作を合図に、
腕輪の離脱ユニットがかすかな音を立てて外れる。
触れた感触で、やっとあたしが誰か察したらしい。エフトポさんの顔に
歪んだ驚愕の表情が宿った。
「まさかお前、モリ」
「行きましょう。」
シュン!!
あたしとローナは、同時にその場所から消え去った。
どこか寂しそうな表情を浮かべる、ペイズドさんを残して。
先に帰ってて下さい。
ランドレさんが待ってますから。
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日差しが暖かだった。
イロノ州は今、収穫の季節かな。
見覚えのある東屋に、あたしたちは音もなく現出していた。すぐ横には
同じく転移したローナがいる。
「あらま、ちょっと荒れてるねえ。やっぱ手入れがされてないからか。
家主も嘆くだろうねえ。」
「来なくて正解でしたよね。」
嘆かわしそうなローナに答えつつ、あたしは笑いそうになった。
ペイズドさんの心臓には、今もなおタカネさんの分体が宿っている。
あの人と共転移した場合、やっぱりあたしは記憶に押しつぶされる。
どっちみち無理だって事ね。
「どっ…どこだここは!?」
掠れた声を上げるエフトポさんに、あたしは抑揚のない口調で告げる。
「憶えてませんか?ペイズドさんに病呪を仕込んだバスロ邸ですよ。」
「な…………………んだと?」
やっぱり憶えてないかぁ。あたしは忘れた事なかったんだけどな。
まあ、それはどうでもいい。今は、もっと大事な事があるから。
「で、どうだった?」
「間違いありません。確かに目的地はヤマンの首都、ルーベリです。」
「さすがに嘘は言わなかったか。」
「ええ。」
そこであたしは、声を低くした。
己の言葉の意味を実感して。
「それと、目的に関する情報も少し得られました。」
「おお、でかした。後で教えて。」
「了解です。」
「…何の話をしている…!!」
そこでエフトポさんが、甲高い声を絞り出した。
「私は話したぞ。だから、死なずに済む方法を教えてくれ!!」
「ああうん、分かった分かった。」
素っ気なく答えたローナが、スッとエフトポさんの正面に立った。
その直後に放った言葉も輪をかけて素っ気なく、そして何気なかった。
「あたしを殺せばいいんだよ。」
さらっというなあ、すごい事を。
さすがは恵神ローナ様だ。