結末と始まりと
「事情の説明をしちゃダメ。」
「何でだ?」
「説明がひととおり済んだ時点で、あのおばさんは外からの声の指示で
爆弾を起爆させるつもりよ。」
マジかよ。
つまり周りにいる大勢にランドレの事情を聴かせた上で、誤爆って事で
俺たちもろとも二人を吹っ飛ばす…って算段だったのか。
こんな話をすぐ傍でしていてさえ、ランドレはまともな反応をしない。
ここまで来ればもう明確に分かる。こいつが洗脳されているって事が。
だから俺の言葉に対してほぼ怒りを見せないし、他の情緒も死んでる。
最低限の知性を残しているだけの、生きた操り人形って事だ。
冗談じゃねえよ。
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見た目が派手だねえ、「洗脳」って天恵は。目が紫に光ってる姿とか、
実に悪役に相応しい。…まあ、俺に言われたくはないだろうけど。
俺の方は、かなり近寄って見ないと気付けないくらいの目の発光だ。
遠巻き連中に見られる心配はない。
って事で。
「正直に話して下さい。」
丁寧に言ったけど、これも魔王から下す命令だ。逆らう事は出来ない。
そして「嘘を言え」とは言わない。ただありのままを説明しろ。
あんたが企んだという、今回の事を何もかもな。
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とりあえずペイズドさんへの拘束を解かせ、持っていた鞄を回収する。
「だ、大丈夫なのか?」
「もちろん。これ俺のですから。」
及び腰のイザ警部にそう答え、鞄を開き中を見せる。ただの着替えだ。
とりあえず「魔王」の力でペイズドさんにこれを持たせ、外の奥さんに
大急ぎで渡しに行け!と命令した。少なくともこの人は被害者だから、
問答無用で殺される事はない。そう考えての策だ。…まあ強引だけど。
結局ペイズドさんは妻に裏切られ、生贄にされた被害者って事らしい。
外の鞄を設置したのは彼だ。洗脳による指示で、店に入ってくる前に
無意識にやっていたらしい。知らぬ間に共犯者か。…何とも怖い話だ。
鞄の事も俺の天恵の事も、店の外に出た時点で忘れるように仕向けた。
利用したと言われればそれまでだ。でもまあ、大目に見て欲しい。
一手でも間違えていれば、俺たちは店もろとも木っ端微塵だったんだ。
多少とぼけたっていいだろう。
俺たちだって被害者なんだからな。
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観念して何もかも自白。
そういった態で、シャドルチェには洗いざらい話させた。
「店の中で全部話してくれた」っていうのは、半分は本当だ。ただし、
実際に話したのはランドレじゃなくネミルだ。まあ、どっちでもいい。
指輪の力で、シャドルチェの天恵が「洗脳」と分かった瞬間、ネミルは
もう一回ニロアナさんの天恵を身に宿した。それによりシャドルチェが
外からランドレを操ろうとしている事を察した。死人に口なしって事で
俺たちもろとも口封じをするつもりだったらしい。…その事を聞いて、
あらためて肝が冷えた。
もし最初の電話がかかってきた時、ランドレが出てたら終わりだった。
イザ警部に目的を話したその後で、説得という名目でシャドルチェから
電話越しに自爆を命じられ、直後に迷わず決行しただろうから。
何のかんのと難癖を付けて外部との接触を断っていた判断は、今思えば
唯一の命綱だったらしい。「魔王」の力をしつこく試していたおかげで
助かったって事だ。…何だかなあ。結果オーライにも程がある。
と言うわけで、事件は解決した。
シャドルチェは捕らえられ、恐らく極刑か終身刑になるらしい。まあ、
それに対してもはや言う事はない。やった事がやった事だからな。
「洗脳」の天恵に関しては、発動を阻害する方法まで全て自白させた。
どうやら目を塞げば大丈夫らしい。くれぐれも気をつけて欲しい。
当然、俺はイザ警部にめちゃくちゃ怒られた。覚悟はしていたけど。
あれだけ勝手な事をしたんだから、甘んじて怒られるしかなかった。
もちろん親にも怒られた。どっちの親にもしこたま絞られた。
ただひたすら謝るしかなかった。
だけど、俺はこの警部がいい人だと知った。俺だけの方法で。
殴りかからんばかりの剣幕で怒鳴りながらも、この人は俺に対して全く
黒い影をまとわない。つまり悪意をひとかけらも持たないままだった。
憎いから怒ってるんじゃない。ただ純粋に戒めようとしているだけだ。
こんな風にちゃんと叱ってくれる人だからこそ、ひたすらに謝った。
もう心配かけまいと誓った。本当にすみませんでした。
悪くないよな、魔王の天恵も。
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一ヶ月後。
「ただいま帰りました。」
「おかえり。」
ランドレの帰宅を迎えたペイズド氏が、紅茶を淹れながら問いかける。
「もしかして、行ってきたのかい?天恵宣告を受けに。」
「ええ。」
「あの喫茶店に?」
「とんでもない。…あれだけ迷惑をかけたんですから。」
「そうだな…。」
ペイズド氏は小さく苦笑する。
「じゃあ、割と高かっただろう。」
「まあ多少は。」
答えたランドレも笑みを返した。
穏やかな沈黙ののち。
「それで、どんな天恵だった?」
「血は争えませんね、本当に。」
「うん?」
向き直ると同時に、ランドレの瞳が妖しい紫色の光を放つ。
ペイズド氏の確かな記憶は、そこでぷっつりと途絶した。
「…仲良く生きていきましょうね、ペイズド伯父さん。」
その瞳に光を宿しつつ、ランドレは艶然と微笑んでペイズド氏の左頬を
軽くなぞる。
その表情は、間違いなく大人の気配を感じさせるものだった。