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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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生きる事への選択

子供に恵まれなかった自分を嘆いたのは、もうずいぶん遠い昔だ。

結果的に考えれば、それでよかったとしか言いようがないだろう。


私の人生の選択は、若い頃に大きく間違えたとしか言えない。…いや、

その後もずっと間違いだらけだったのかも知れない。もう分からない。

見合い結婚だった妻と、それなりに支え合い生きてきたつもりだった。

成り行きでやむなく引き取る運びになった姪を、自分なりに育てた。

不器用な自分なりに、愛情を注いで育ててきたつもりだった。


しかし、どこまでも現実は醜悪だ。そしてどこまでも容赦がなかった。


【洗脳】の天恵を持っていた妻は、私と姪の二人を殺そうと企んだ。

己の天恵で操った末、木っ端微塵に吹き飛ばそうと本気で画策した。

トランさんの機転で何とか死なずに済んだものの、やりきれない思いは

いつまでも心を苛んだ。ずっと妻と呼んでいた怪物の顔が、いつまでも

頭に浮かんできては罵倒してくる。全てお前が悪いのだと喚いて。


妻の幻影に囚われ殺されそうだった私を救ったのは、姪の天恵だった。

妻と同じ天恵に目覚めたランドレの力が、私の悪夢を切り払った。


なぜあの子が私なんかを、そこまで慕ってくれるかは今も分からない。

独占したいという思いは、【洗脳】の天恵越しに伝わって来ていた。

それでも私は、あの子が前を向いて生きられるならいいと思った。

私が生きる支えになるというなら、一生かけて支えようとさえ思った。


そんな私を蝕んだのは、ロナモロス教の幹部エフトポ・マイヤールだ。

【病呪】の天恵に囚われた私には、どうする事も出来なかった。そして

私のために苦しむランドレの姿を、病床から見る事になってしまった。

もはや私には、選択する権利さえも残されていなかった。ただ衰弱し、

死を迎えるだけ。その時ランドレもおそらく破滅するだろう。私には、

それを見届ける事さえ出来ない。


そんな折。

私の許にエフトポを連れて来たあの少女が、その身を投げ出した。

己の全てを懸けて、私とランドレをロナモロスから解放してくれた。

彼女のその献身が、奇跡を呼んだ。


そして今。



私は生きて、ここにいる。


================================


「…やっぱり、彼の存在を感知してここまで来たんでしょ?」


目の前にうずくまっているエフトポを見下ろし、ローナはそう告げた。

もう今となっては認めるしかない。少し前に本人からの説明を受けた。

自分が恵神ローナであると。いわく「ごまかすのがもう面倒くさいの」

との事だった。何の冗談かと思ったものの、今ではもう疑っていない。

私もランドレも。


そんな彼女に言われ、私は「囮」としてこの廃教会に来ていた。彼女の

話には半信半疑だったものの、実際エフトポはこうしてやって来た。

タカネさんの機能補助で死を免れた私を殺しに来る…という見立ては、

どうやら本当に正解だったらしい。


ここまで近ければ、私もそれなりに感覚で判る。

エフトポ・マイヤールが、かつての私と同じ病で死にかけていると。

私から「戻った」病がそのまま彼を蝕んでいるのだと。

残念ながら、何の感慨も湧かない。ただ冷静に彼を見るだけだった。

復讐だ何だという感情は、驚くほど湧き上がって来なかった。…ただ、

彼を哀れだなと思うばかりだった。どこで選択を間違えたのだろうと。


「だから彼を殺せば、己への天恵の影響は消えるはず。そう考えるのは

無理もないと思う。だけどね。」


そこで言葉を切り、ローナは大きく肩をすくめた。


「だけど…何だ。」

「逆にあたしがあんたの接近を感知できたって時点でもう、【病呪】は

ペイズド・バスロから離れてるよ。つまりあんた自身に戻ってる。」

「バカ…な!」

「信じないのはそっちの勝手。でも実際のとこ、何にも意味がないのに

ペイズドに手を出させるって選択はない。単なる無駄でしかないのよ。

あんたがもはや助からない、という意味でもね。」

「黙れ…!」


何とか立とうとするエフトポの目は真っ赤に血走っていた。容赦のない

絶望を突き付けられ、それを認める事が出来ない人間の歪んだ形相だ。


醜いと思う私は、冷めていた。彼に対する怒りも怨みも湧かなかった。


そんな事を考えるほど、私の人生は信念に満ちているわけじゃない。

ただ平穏に。ランドレと共に幸せに生きていきたい。ただそれだけだ。

ロナモロス教の人間たちのように、大それた事を成そうとも思わない。

だからこそ、病にその身を苛まれてなお立とうとするエフトポの姿には

負の感情をぶつける気になれない。そんな資格があるとは思えない。



ただ醜いと思うだけだった。


================================


「自分でも分かってるんでしょ?」


あくまでも淡々とローナは言った。


「あたしの見立て通りだって事は、あんたなら十分分かってるでしょ?

今さらペイズドを殺しても、自分に跳ね返った【病呪】は消えない。」

「……………………ッ!!」

「それでも生きたいって言うなら、あたしの話を真面目に聴きな。」

「え?」


不覚にも、訝しむひと声が目の前のエフトポと綺麗に重なった。

助かる方法を、彼女が…?


疑念を抱く私の事は一顧だにせず、ローナはエフトポに告げる。


「あんたが死なずに済む方法はまだ残ってる。たったひとつだけね。」

「な…何だと?それは…」

「教えて欲しい?」

「教えろ…いや頼む教えてくれ!」

「だったら情報交換といこう。」


控えめに両手を掲げ、ローナはそう言った。


「死なずに済む方法を教えるから、ネイル・コールデンがどこに行くか

正直に話してよ。それが条件。」

「…ネ…ネイルの行き先を?」


「死ぬ前にさっさと話しな。」


素っ気ないその言葉に、背後に立つ私でさえほんの少し寒気を覚えた。

人の命を、悪意などは何も持たずにこんな風に見る事ができる存在。

やはり私には、恵神ローナだという事実を認める事しか出来ない。

エフトポが私に接近するのをあえて止めなかった理由は、これなのか。


だとすれば。

エフトポは何を選択するのか。


それを見届けるのは、私の務めだ。



奇妙な確信が、胸に宿っていた。

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