信仰の絶えた教会で
ねえ。
父さんはどこよ?
================================
確かにここだ。
どうしてそこまで判るのか。
こんな事は今まで一度もなかった。
なぜ判る。
そしてこの症状は何だ。
なぜ私がこんな事になっている。
こんな事は今まで一度もなかった。
何十回天恵を使っても。
私がこんな事になった憶えはない。
一度もない。
くそっ!!
暴いてやる。
何が起きたかを明らかにしてやる。
その上で殺してやる。
あの男を。
ペイズド・バスロを。
================================
苦しい。
胸の痛みが鋭くなってきている。
だが同時に、呼応する相手の所在もますます明確に感じられる。
もう間違いない。
この先の建物の中にいるはずだ。
まさかこんな北の街にいたとは。
そもそもまだ生きているとは。
どういう事なんだ。
奴はもうとっくに死んでいるはず。
過去の事例を考えても間違いない。
ならどうして、こんな事になった。
見えた。
あそこだ。
あそこにある…
…………………………
何だあれは。
廃教会だと?
ロナモロスの教会の廃墟だと?
こんな場所にいるのかペイズドは。
どうしてだ。
いや。
どうしても何もない。
それを明らかにするために来た。
私の天恵は私だけのものだ。
誰の手も借りない。
弱みなど、誰にも握らせはしない。
私は生きて、そして新しい世界へと歩を進めていく。
ネイルの拓く、新しい世界へと。
どこだ。
殺してやるぞ。
どこだペイズド!!
……………………………………………………
…………………………
「誰かお探し?」
…………………………
女の声?
誰だ?
「やぁっと来たよ。待ちくたびれて居眠りしそうになった。」
何だお前は。
誰だ。
いや、違う。
お前に用はない。
私が用があるのは
お前の後ろに立っているその男だ。
ペイズド・バスロだ。
見つけたぞ!
「…ずいぶんとお久し振りですね、エフトポさん。」
やはりお前かペイズド。
なぜお前は生きている。
なぜお前はそうやって立っている。
なぜだ!
「ぐぅっ!!」
胸がごっそり抉られるような感触が襲い来る。
たまらず膝をついた途端、体が鉛のように重くなった。
ほんの数メートル先に立っている、ペイズドが限りなく遠い。
その存在自体が、私の体を否応なく苛んでいる。その実感が、ますます
鋭いものとなり全身に突き刺さる。
「あー、ずいぶんとしんどそうね。まあ無理もないか。」
そう言いつつ歩み寄ってきたのは、ペイズドの前に立つ女だった。
かろうじて腕を突かずに態勢を保つ私の前に立ち、見下ろしてくる。
メガネ越しのその視線には、どこか得体の知れない気配を感じた。
「【病呪】の天恵か。さぞ今までに多くの人間を呪ったんでしょうね。
天恵持ちの鑑と言うか何と言うか、まあ大したもんだよ。」
「…何だと…」
何を言ってるんだこいつは。
子供じみた断罪の言葉でもほざくのかと思えば、私を肯定する気か。
ペイズドの事情を知っていながら、私のこれまでを認める気なのか。
「まあ、そんなのもあんたの代までくらいが限界だと思うけどね。」
「私の…代…だと?」
どういう意味だ?
天恵を得た者としての純粋な疑問が頭をもたげ、胸の苦しみを忘れた。
表情からその疑問を察したらしく、女は小さく頷いて続ける。
「相手の心臓を蝕んでいく、呪いの病。脅迫とか拷問の手段としては、
確かにこの上ない代物よね。だけど時代が進めば、遠からずそんなのは
意味を成さなくなる。どうしてだか分かる?」
「…………………………」
女は、私の言葉を待っていた。
私がその答えに辿り着けるという事を、最初から見抜いているからだ。
己の天恵を知っている私だからこそ分かるだろうと、目が言っている。
そうだ。
分からないわけがない。しかしその答えを私に求めるのか。
どこまで残酷なんだ、この女は。
分かるに決まっているだろう。
「…医療の発展か。」
「そのとおり。」
頷いた女は、肩をすくめた。
「あと数十年から百年か。遅くとも二百年も経てば、病呪による病も
治療法や延命術が確立するはずよ。たとえ完治が無理でも、延命さえ
出来れば脅迫の手段としての価値はなくなる。分かる話でしょ?」
「…………………………」
分からないはずがない。
いや、もうずっと以前からその事は認識している。病を操る天恵を扱う
以上、その点を考えるのはごくごく当然の事だ。世界の医療水準など、
私はそこらの医者よりずっと詳しく知っている。
だからこそ分からない。
この女の言った通り、いくら医療が発展しても病呪の克服までは遠い。
少なくとも私が存命の間には、その水準に達する事は絶対あり得ない。
その確信を得るために費やした時間を、私は忘れていない。
そんな事は、あり得ないはずだ。
そう思えばこそ、私はこれまで…
「運が無かったわね、エフトポ。」
ポツリとそう呟いた女が、指で輪を作ってその穴越しに私を見据える。
瞳がかすかに光るのが見えた。
「…うん、誰かに情報を伝える系の天恵は使ってないわね。」
何だと?
そんな事を見破れるのかこの女は?
まさか、神託師か?
オレグストと同じ、鑑定眼の持ち主なのか?
それとも…
「だったら教えてあげるよ。」
「…何、を、だ。」
「あんたが知りたかった事を。」
そう答えた女の視線が、背後に佇むペイズドの顔をチラッと一瞥した。
「あの人、どうしてあれほど元気に生きてると思う?」
「…まさか、異界の知の医療か?」
「おお、いい線行ってるねえ。でもちょっと違う。」
そこまで行った女が、すっと両目を細めた。
俺を見下ろすその目は、ぞっとするほど冷たく暗かった。
「ナノマシンの補助よ。」
「……分かるように言ってくれ。」
「言っちゃっていいの?…絶望するだけだよ?」
「頼む。」
「分かった。」
女の口調は、全く変わらなかった。
「さっきの表現をそのまま使えば、今からおよそ数千年先の先端医療。
彼を支えてるのはそういう代物。」
「……………………何だと……」
「残念だけど、あんたの病呪ごとき歯牙にもかけないよタカネは。」
…………………………
分からん
こいつは
何を言っているんだ