探すべき相手は誰だ
「お疲れみたいね、ナガト。」
「ええまあ、それなりに。」
気づかわしげな相手からの言葉に、ナガト先輩は肯定の言葉を返した。
何気ない会話に聞こえるが、相手を鑑みれば不遜極まりない返答だ。
何しろ、国の頂点に君臨する人物。マルニフィート女王その人である。
でもまあ、これが普通なんだから。
家柄や身分などとは全く関係ない、騎士隊ならではの会話だった。
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と言っても、確かにここしばらくのナガト先輩は実にハードだった。
とにかくあっちこっちに出向出向、また出向。時間との戦いになるから
ひたすら急いで移動の連続。普通の人間なら、倒れてもおかしくない。
同僚ながら、その超人的なプロ意識には本当に頭が下がる。
もちろん、そこまで個人能力に依存するのは、いい事だとは言えない。
あまり役割分担が偏ると、その人が抜けた時の穴が埋められないから。
その事に関してはゲルノヤ隊長も、そして陛下も十分に分かっている。
しかし、替えが利かないのが天恵というものでもある。こればかりは、
努力だの何だので補えるようなものじゃない。そこはもう、仕方ない。
誰よりもその事を理解しているからこそ、ナガト先輩は全力を尽くす。
そして労いの言葉に対し、変に遠慮するといった事がない。それこそが
陛下との信頼関係の証だろう。
まだ任命から日の浅い僕だけど。
そんな騎士を目指す姿勢は、決して忘れないようにしたい。
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「それで、例の画家は無事に帰路に就いたんだなシュリオ?」
「はい。」
ゲルノヤ隊長に話を振られた僕は、間を置かずに答えた。
「帰りの列車に乗られるまでを確認しました。念のため、帰られた後に
家に電話確認も入れています。」
「なるほど、ご苦労さまです。」
そう述べつつ、陛下が小さなため息をついた。
「本当に彼女狙いだったかどうかは分からないけれど、これで妙な事が
起こったら目も当てられない。まあひと安心といったところですね。」
「はい。」
陛下の気持ちはよく分かる。
あの人の絵を気に入ったのは他でもない、陛下ご自身だ。それが原因で
あの人に危害が及ぶなんて事態は、何としても防ぐべきだった。だけど
実際のところ、僕たちが防いだとは言えない状況だ。ラグジと名乗った
あの女性がいなければ、今頃もっと深刻な事態になっていただろう。
どうにも後手に回ってしまう。
今の我々は、誰の目にも実に歯痒い状況に陥っていた。
「さて、んじゃとにかく状況を整理しましょうか。」
パンと手を叩き、陛下がそう告げて僕たちの顔を見回す。
「顔を上げなさい。特にシュリオ、暗いわよ?」
「は、はい!」
「そうそう。しけた顔してても何も上向かないよ?」
ラース先輩がそう言って笑う。
他の面々も笑って僕を見ている。
リマスでさえも。
そうだ。
しっかり顔を上げ難事に向き合う。それこそが僕の騎士道じゃないか。
強くあれ、シュリオ・ガンナー!
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「とにかく何事も散発的ですので、なかなか現場を押さえるというのが
難しい状況です。」
自らまとめた報告書を繰りながら、ナガト先輩が粛々と説明する。
「なので可能な限り現地へと赴き、何かしらの痕跡が残っていないかを
調べてきました。」
「それで、どんな感じだった?」
「やはりピアズリム学園に関してはあまりにも人の出入りが多過ぎて、
天恵の残滓は拾えませんでした。」
言いつつ、ナガト先輩はその口調を少し強める。
「が、何もなかったわけじゃない。現地だけではなく、関わった人間も
併せて調べる事で、そこそこ見えてきた事象もあります。」
「例えば?」
「例えば、病院に転送されたという負傷者です。」
ラース先輩に答えたナガト先輩が、数枚の写真をテーブルに並べた。
いずれもベッドに横たわる学生だ。
「受け入れ先となった病院に赴き、彼らを調べてみました。その結果、
やはり【共転移】の残滓が全員から感知できました。」
「つまりニセの教皇女の許に、あのゲイズを送り込んだ奴って事か。」
「残り香からしてほぼ間違いないと思います。」
「…………………………」
僕も含め、皆がしばし黙り込んだ。
なかなかややこしい事態だ。
【共転移】の天恵の持ち主が、前に捕縛されたグリンツ・パルミーゼの
娘だという事はもう分かっている。他でもないナガト先輩が確認した。
ピアズリム学園の負傷者が病院まで転移で搬送されたという話自体も、
少し前に情報として得てはいた。
しかし今回は、ナガト先輩が直々に出向いて天恵で確認した結果だ。
通り一遍の情報ではなく、間違いのない話としての確信が得られた。
負傷者を搬送したのもゲイズをニセ教皇女の許にまで手引きしたのも、
どちらもグリンツの娘モリエナだ。もはやそこに疑う余地はない。
そして…
「襲撃があった際に、逃げおおせた学生にも何人か面会できました。」
やっぱりそっちもか。
僕に話題が振られないという事は、少なくともロナンじゃないだろう。
別に安心する事じゃないけど。
「誰もかれも等しく要領を得ませんでしたが、残滓は感知出来ました。
四人中三人が【魔王】の残滓をその身にわずかに残していました。」
「魔王?…天恵の名前?」
「そのようですね。」
何だか、背筋に寒いものを感じた。
名前までは知らなかったけど、多分それはトランさんの天恵だろう。
その効力はよく知っている。確かにあの力なら、使いようによっては
逃げる際にも大いに役立ったに違いない。それは別にいいと思う。
それにしても【魔王】か。
よりによって。
とすると、僕が初めてオラクレールを訪ねた時も覚醒していたのか。
もしかすると、そもそも僕はあの時彼の天恵を感じ取っていたのか。
おかしくなっていた頃の僕自身が、トランさんだという確信に繋がる。
ピアズリム学園での情報と、ナガト先輩による直接の確認。
認めざるを得ない。
もはやトランさんたちも、探すべき対象になりつつある。