オレグストの新たな懸念
「イララは、騎士隊に捕縛されたと見て間違いありませんね。」
「あらまあ、あの子が?」
驚くネイルの顔は、やっぱりどこかわざとらしい。もはや慣れたけど、
イラッと来るのは今も変わらない。どこまでも他人事だな、この女は。
「グリンツは歳だから仕方ないなと思ってたけど、あんな活発な子まで
捕まるとはねえ。」
あいつを「活発」で片付ける感覚がまたイラつかせるな。しかしまあ、
そのくらいの図太さがないと副教主は務まらないって事だ。
「オレグスト君的には、この展開はそこそこ読めてたの?」
「いえ、さすがに昨日の今日であの動きを読まれるとは思わなかった。
今回ばかりは完全な想定外です。」
「でしょうねえ、やっぱり。」
これに関しては、俺も正直に認めるしかない。
ターラ・カミナスに俺たちの人相を変えさせた後、彼女をイララの手で
抹殺した。さすがに勝手だと思ったものの、それはもはや今更な話だ。
モリエナが離反した以上、こういう犠牲もやむを得ないと割り切った。
しかし実際のところ、今の俺たちはジリ貧だ。
モリエナの離反が最も痛かったが、同時に【洗脳】の持ち主ランドレも
姿を消した。更には、あのゲイズがまさかの敗死。正直、あれが何より
信じられなかった。いったい、誰があいつを殺せると言うんだ。今でも
その答えは得られていない。その後ゲイズは復活を遂げたものの、最近
神託師のグリンツも捕らえられた。パルミーゼ親子がいなくなったのは
最近の教団を象徴する出来事だったと言える。
明らかにロナモロス教団は、周りに追い込まれている。他はともかく、
グリンツが騎士隊に捕らえられたというのは深刻だ。口は堅いだろうが
問題はそこじゃない。そもそもあの女は天恵宣告できることを申請すら
していないモグリの神託師だった。名目上は宣告が出来ないあいつを、
騎士隊は探し当てて捕まえた。その事実に、俺は焦りを募らせている。
マルニフィートは、バカじゃない。教皇女に化けたミズレリ・テートも
あいつに拝謁した結果、破滅した。あの時の事は、今でも思い返す度に
背筋が寒くなる。まさかイグリセの女王が、あれほどえげつない手段を
講じて来るとは思わなかったから。
そしてウルスケス・ヘイリー。ほぼ正気を失っていたあの女が去った。
マッケナーの話によると、去る際に完全に正気を取り戻していたとか。
今の時点で敵対しているって話じゃないけど、危険なのは変わらない。
何と言うか、あの女はある意味最も危うい。下手に野放しにしておくと
取り返しがつかなくなるとも思う。マッケナーも同じ懸念を抱いてる。
確かに去年から今年にかけ、教団の構成員自体はかなり増えている。
せっせと俺が天恵を見極め、有望な奴はミズレリが言葉巧みに誘った。
実に効率のいい方法で、それなりの力を持つ一団を組織するに至った。
正直、あの頃が一番何にも考えずに好き勝手やれた時期だったと思う。
全てを覆したのは、やはりゲイズの死とモリエナの離反だった。
用済みになったランドレ・バスロを抹殺するために赴いたゲイズが、
ランドレを救おうとしたモリエナを見つけた。そして彼女も粛清した。
普通に考えれば、そこでいつも通り懸念は払拭されたはずだったのだ。
しかし現実は、誰ひとり想像しない展開を見せた。
誰よりも強く残忍だったゲイズが、成す術もなく一方的に殺害された。
戦いの跡は残っていたらしいから、敗れて死んだってのは間違いない。
あのゲイズを一方的に殺せる奴ってのは、正直俺には見当もつかない。
復活後も、本人はそいつについては語りたがらない。ますます謎だ。
いずれにせよ、あの日を境に様々な認識が覆されてしまったのは事実。
俺やネイルはもちろん、教団の中に不審や怯えが生じたのも当然だ。
マルコシム聖教を掌握した所まではよかったが、その後が右肩下がり。
今回の件にしても、まさかイララがこんなに早く捕まるなどとは夢にも
思わなかった。…今にして思えば、落成式の参加もヤバかったのかも。
何事も、そう上手くは行かないな。
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「それで、どうするの?」
やっぱり涼しい顔で、ネイルが俺に問いかけてきた。
相変わらずイラっとしつつも、俺は自分なりの選択肢を開示する。
「イララには、カイの【共転送】の送り先という設定もされてます。」
「つまり?」
「少なくとも、今すぐ10体以上の魔鎧屍兵を送り込む事も可能です。
あるいは、口止めのために殺すって選択も」
「やめとこ。」
そこでネイルは、めずらしく即答を返してきた。
「どうしてですか。」
「あの子が知っている情報なんて、大したものでもないでしょ?」
「まあ…確かに。」
そこは確かにその通りだ。イララは有用な天恵の持ち主だったけど、
その反面性格はかなり愚かだった。こういう事態も想定し、それほど
重要な情報を伝える事はしなかった。悪いけど、あいつはその程度だ。
…つまり、見捨てるって事だな。
「今、下手にマルニフィートたちを突っつくのはよくない。こっちが
何者なのかを、それなりに掴んでるかも知れないからね。」
「分かりました。」
そこまで聞けばもう、十分だ。
確かにマルニフィートは侮れない。以前はそれで煮え湯を飲まされた。
マルコシム聖教を襲った時のように考えては、どんな反撃を食らうかが
想像出来ない。
それでいい。
そこは俺も割り切って考えよう。
俺たちの意識を変えたのは恐らく、モリエナだったんだろう。
どんな思いで離反したにせよ、その行動が俺やネイルを変えた。
天恵持ちは、信頼できないとな。