タカネの功罪
「それは…凄いですねホント。」
『そうそうそうなのよ。何て言うか凄い身分よねあたし。何かした?』
「まあ、貴賓なんですよ。」
『言うねえトラン君。ま、そういう事にしとこうかな。』
「ええ。で、明日帰るんですか。」
『そのつもりよ。十分堪能したし、教室も再開したいからね。』
「分かりました。気を付けて。」
『護衛がいるからね。ありがと!』
そこで俺は電話を切った。
一夜明けた、ノダさん宅。
今度こそ電話を借り、ホテルにいるニロアナさんに連絡を入れてみた。
とりあえず無事だという事は、またオラクモービルのクラクションで
把握済みだ。さすがに、これが最後ですとノダさんにしっかり言った。
あんまりやると近所迷惑だからな。
もちろん、昨夜の時点でタカネから具体的な話を聞く機会はなかった。
ちょっと心配だったから、朝イチで電話連絡を入れてみたのである。
ニロアナさんは至って元気だった。何があったかも全く知らなかった。
つくづくこの人が天恵宣告に興味を持ってなくて、本当に良かった。
しかし、話はそう単純でもない。
聞いたところ、ニロアナさんに今朝から護衛が付いたらしい。何でも、
昨日の事件を考慮しての事らしい。確かにまだ朝刊にも、事件の犯人が
捕まったという記事は出ていない。用心のためという筋は通っている。
しかし、どうしてニロアナさんに?
試しに訊いた。その護衛はどういう人なのかと。するとニロアナさん、
あっさり相手の名前を聞き出した。
「シュリオって名乗ったよ。」
「…そうですか。」
「知ってる人?まさかね。」
「まさかですよ。」
何度も思う。
この人が天恵に覚醒していなくて、本当に良かったと。
…………………………
シュリオさんかよ!
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「本当にもうお発ちですか。」
ノダさんは、実に残念そうだった。いや俺たちも残念なのは同じだ。
出来ればもうちょっとゆっくり話をしたかったし、トーリヌスさんにも
会ってちゃんと挨拶をしたかった。でもどうやら、そういう事ができる
状況ではなくなりつつあるらしい。ならもうロンデルンを発つべきだ。
こればっかりは仕方ない。二人を、無駄に巻き込む事も望まない。
「また来ますから。」
「そうそう。」
そこでネミルがニコッと笑う。
「今度はもうちょっと、のんびりとした旅程で!」
「約束ですよ?」
「もちろん!」
俺も言葉に力を込める。
次に来る時までに、今の難題は必ず終わらせる。秘かに心に誓った。
こういう約束があれば、厄介な事態も強い気持ちで乗り切れるだろう。
俺たちには、意外とこういう要素が大切なのかも知れない。
「それじゃ、また。」
笑顔で見送るノダさんに手を振り、俺はオラクモービルを発進させる。
お世話になりました。
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『何か悪かったわね。ごめん。』
「いや、謝ってもらう事じゃない。ニロアナさんを守ってくれたんだし
感謝してるよ。」
首都ロンデルンは大きい街だけど、さすがにまっすぐ南下すればすぐに
果てに辿り着ける。そのまま国道を走れば、たちまちのどかな一本道。
何とも呆気ない滞在だったな。
時間があれば、カチモさんにも挨拶しに行きたかったんだけど。
まあ、それは今さら言うまい。
タカネは朝までに戻って来ていた。ちゃんと話が出来たのは、もちろん
ノダさんの家を発ってからである。そこでローナも乗り込んで、昨夜の
顛末について詳しく聞いた。
およそ俺の読み通りになったのは、正直かなり驚いた。って事はつまり
オレグストが図書館にいたって事になる。ニアミスだったんだな実際。
とは言え、あの時点でそこまで予想出来る奴はいない。ましてあの男は
【変相】の天恵で顔を変えたんだ。そう簡単に捕捉は出来ないだろう。
もちろんネミルとローナなら天恵を見破れるけど、そんな思い通りには
事は運ばない。そこは仕方ないと、すっぱり気持ちを切り替える。
ニロアナさんを狙ってきた相手は、イララ・イグアという天恵持ちだ。
どういう奴かはモリエナに聞いた。マルコシム聖教襲撃にも参加した、
厄介な奴らしい。しかしもちろん、タカネの敵じゃない。そのあたりは
心配していなかった。
だけどリマスさんの行動と、それに対するタカネの対応は予想外としか
言いようがなかった。よりによってあの人かと、ちょっと頭を抱えた。
ローナの通報を受けてホテルに来た騎士隊は、総勢三人だったらしい。
一人は知らない人だったけど、残り二人はリマスさんとシュリオさん。
おなじみの面々だ。信頼もしてる。…ただし、今はそれなりに隠し事を
しているのも事実だ。何と言っても俺たちの目的が特殊過ぎるからな。
そんな中で、リマスさんがタカネにコンタクトを試みた。その事自体は
不思議じゃなかったけど、どういう訳か俺たちは想定していなかった。
もちろんタカネも同じだ。呼びかけに応じたのも単なる気紛れらしい。
それ自体、別に責める事じゃない。
しかし顛末を聞いた限り、タカネはかなりのボロを出しているらしい。
このあたりは、リマスさんがどんな人物かを詳しく説明していなかった
俺たちにも落ち度がある。まさか、彼女がここまで踏み込んだとは。
と言っても、そもそも前提からして勘付かれる要素はあったのである。
イララが取り調べに応じようが黙秘を続けようが、彼女があのホテルに
宿泊している誰かを狙った、という事実は明白だ。状況が雄弁に語る。
その宿泊者の中にいたニロアナさんが、どこに住んでいる何者なのかは
調べればすぐに判るだろう。いや、最初から知ってた可能性さえある。
つまり俺たちの店がある街の住人。何ならそこそこの常連客。もはや、
関与がないと考える方がおかしい。昨夜の戦いと俺たちとを繋ぐには、
十分過ぎるほどの情報だろう。他の誰かならいざ知らず、リマスさんは
絶対にそこまで考え至る。あの人はそのくらいの聡明さは持っている。
決してこれは、タカネだけのミスと呼ぶべき展開じゃない。
とは言え、想定より早くロンデルンにいづらくなったのもまた事実だ。
だったらもう、オサラバする以外に堅実な選択はない。
「まあ、しょうがないよ。」
気落ちした風もなく、ローナがそう言って窓の外の景色に目を向ける。
「トランが言った通り、イララって子をあたしたちが捕まえる選択は
取るべきじゃなかった。だったら、遅かれ早かれでしょ。」
『…………………………』
タカネが無言になる。だけど俺は、それほど気まずさは感じなかった。
確かにネイルの情報を得るために、イララを「確保」する手もあった。
でもそれをすると、時計塔の殺人が解決を見ない。ついつい自分たちの
感覚で考えがちになるけど、大半の人たちにとって今のロナモロス教の
やってる事などまったくの未知だ。今回の事件だって、街中の人たちが
怖れているに違いない。だったら、一刻も早く犯人を捕まえるべきだ。
俺たちが情報を得る方法はそれこそ他にいくらでもある。それに対し、
ロンデルンの人たちの安心は犯人の逮捕以外にはあり得ない。ならば、
俺たちは譲るべきだと思った。その選択に、ローナも反対しなかった。
どっちみち、騎士隊との接触という展開は避けられなかったのである。
「そうそう。それにさ。」
黙って聞いていたネミルが言う。
「確かに色々な事を勘付かれたかも知れない。でもリマスさんとお話を
したからこそ、もっと重要な情報も得られたんでしょ?」
「だよな。間違いなく。」
『…まあ、確かにそれはね。』
やっとタカネがそう答えてくれた。頼むぜおい。いつまでも下ばっかり
向いてられたら困る……いや、今は体なんてないんだけどさ。
ゲイズ・マイヤールが復活した。
更にランドレの伯母、シャドルチェがゲイズの手引きで脱獄した。
どっちも俺たちにとっては、もとい本店の連中にとっては重要な話だ。
歩み寄ったからこそ、リマスさんも騎士隊の人もそれを教えてくれた。
ならもう、悔いるよりも開き直って前を向く方がいい。
「とりあえず、あたしは店に戻る。ちゃんと言っておかないとね。」
ローナがそう言った。
「ランドレにも言うのか。」
「もちろん。ってか、知らないままは危険だろうからね。それに…」
「それに?」
「あっちはあっちで、ロナモロスの情報を得られそうな条件がそろそろ
整う。ま、任せといてよ。」
「いいんだな任せて?」
「当たり前でしょ。あたしを誰だと思ってんのよ。」
誰だか知ってるからちょっと不安があるんだが、もうそれは言うまい。
ここまで来たら信じるだけだ。
「俺たちはこのまま南下していく。それでいいな?」
「ええ。港街に着くまでには、何か有力な情報を掴むからさ。」
「よし、じゃあそれで。」
方針は決まった。
タカネの功罪相半ばって感じだが、もうこの際進展したと考えよう。
ひたすら前進あるのみだ。