意義ある情報交換を
明らかになった事実は多い。正直な話、予想よりずっと多い。
得体の知れない通報から今に至ったと考えれば、十分過ぎる収穫だ。
その方法にかなり問題があったのは認めるけど、それでもあたし的には
快挙と言っていいと思う。きっと、ドラーエ先輩もそう認めてくれる。
だから、後は無事にこの場を終了に持っていければ万事解決…
とは思わない。
そんな終わり方は認めない。
================================
「もういいかな?あたしもあんまりフラフラしてられないんで。」
「すみません、お引き留めして。」
ラグジさんに苛立った様子はない。でもその語調から、もうこれ以上の
対話を望んでないのも確かだった。あまり粘るとマズいかも知れない。
何と言っても相手は、底の見えない実力の持ち主なのだから。
だけど。
これでお礼を言って別れるだけ…というのはあたしの沽券にかかわる。
あたしだって騎士隊の一員である。それなりにプライドがあるんだよ。
分かってる。
ドラーエ先輩もシュリオも、もはやこれ以上の結果など望んでいない。
見た目も名前も偽りかも知れない。それでも目の前の相手は、そこそこ
信用できそうな情報をくれた。ごく個人的に言うなら、あたしの天恵の
出自さえもチラッと教えてくれた。お礼を言ってもいいくらいだろう。
今朝の事件の犯人がこの転がってる女なら、一刻も早く裏付けの調査を
しなきゃならない。ここがいわゆる潮時だ。それは皆が分かっている。
だけど。
いや、だからこそだ。
訊くだけってのはないだろうな。
覚悟を決めろ、あたし。
================================
「じゃあ」
「あたしたちから、あなたにお伝えしておきたい事があります。」
ドラーエ先輩もシュリオも、ハッと息を呑んだのを気配で感じた。
でももう、後には引けない。自分の権限を超えた発言だとしても、だ。
「何かしら?」
「ゲイズ・マイヤールは、何者かの手によって蘇っています。」
「……………え?」
「おいリマス!」
さすがにドラーエ先輩が押し殺した声を投げる。すみません、本当に。
でもあたしは、どうしてもこの事を伝えるべきだと思うんです。
他でもない、目の前の彼女に。
「調査を終えて埋葬された直後に、郊外の墓地から消えたんです。」
「遺体を盗まれたとかじゃなく?」
「違います。」
ここまで来たらもう、あたしに迷いの感情は微塵もなかった。
「確かに墓暴きでしたが、巡回兵がその場で殺害されていたんです。」
「それがゲイズのやった事と、何故判ったの?」
「斬り飛ばされた首が、完全に凍結していたからです。」
そう。
あたしも見た。背筋が凍った。
恐らく一瞬だったのだろう。凍った顔に驚愕と恐怖が張り付いていた。
あれは間違いなく【氷の爪】だ。
「もしも遺体を持ち出すだけなら、ゲイズと同じ天恵の持ち主なんかを
用意する必要はないでしょう。いやそもそも、それは不可能に近い。」
一つ一つ言葉を吟味して発する中、あたしは不思議と冷静になれた。
こうして誰かに話す事で、不条理な事件を整理できたのかも知れない。
「なるほどね。確かにそんな死体があったなら、考えられる話か。」
「そうです。」
ああ、明らかに重大な違反だなあ。後で怒られるのは確定だろうな。
だけど今さら、後悔なんてないよ。決して強がりとかじゃなくて。
だって、伝えるべきと思う気持ちはきっと正しいから。
「そして先日、イーツバス刑務所で似たような殺戮が行われました。
職員が皆殺しにされ、囚人一人だけ消えました。状況から考えても、
やはり【氷の爪】の仕業でした。」
「そっか…」
あたしの話に、ラグジさんは小さなため息をついた。信じてもらえたか
どうかは判らない。けど少なくともきちんと伝える事は出来た。ならば
堂々としてればいい。それこそが、騎士道であると信じたいから。
こんな時こそ、あたしは信じた道を進みたい。
しばしの沈黙ののち。
「…じゃあ、もうひとつだけ。」
そう言ったラグジさんが、あたしに向けていた視線を少しずらした。
「あなたが答えてくれる?」
「…私ですか。」
「そう。」
え、ドラーエ先輩に?
何で?
やっぱりあたしじゃ、信頼できないという事なのか…
「彼女だけが覚悟してばっかりっていうのは、不本意でしょ?」
「そうですね。」
ドラーエ先輩は、即答した。迷いの響きは感じられなかった。
不覚にも、少し泣きそうになった。
そういう事か。
このままあたしだけが話した場合、後で責任が全てあたしに集中する。
あたしへの気遣いであると同時に、他の二人の矜持を試す言葉だった。
チラと見れば、シュリオもあたしに小さな笑みを浮かべている。
ああ、いい仲間を持ったなあたし。
今さらだけどね。
================================
「答えられる範囲であれば、お答えしましょう。それは約束します。」
「ありがと。」
ドラーエ先輩の宣言に、ラグジさんはフッと小さく笑った。そこには、
ごく当たり前の人の感情が見えた。少なくとも、得体の知れないだけの
存在じゃない。それはもう、二人も分かってくれているはずだ。
その上で何を問う、ラグジさん。
しばしの沈黙ののち。
「ゲイズが、刑務所から連れ出した囚人って誰だったの?」
「…………………………」
「出来れば教えて欲しい。どう?」
今度の沈黙は、ごく短かった。
「分かりました。」
葛藤があったとは思えない口調で、ドラーエ先輩が答えた。
「シャドルチェ・ロク・バスロ。」
「え?それって…」
「【洗脳】の天恵の持ち主です。」
「…そうなんだ。分かった、どうもありがとう。」
それ以上の会話はなかった。
踵を返し茂みの中に歩き去る彼女の背を、追おうとは考えなかった。
あたしも先輩もシュリオも。
今度こそ気配は消え、静寂が戻る。
「…よし、撤収しようか。」
「はい。」
「了解です。」
ほとんど存在を忘れていた、足元の女を抱え上げて歩き出す。
思いがけない時間ではあったけど、得たものは計り知れなかった。
そしてあたしは、最後の最後にまた大きな確信を得るに至った。
まだ、誰にも話せないけれど。
ラグジ・イオニアと名乗った彼女。
間違いなく、オラクレールに所縁のある人物だ。