タカネの口八丁
かつて、問題が起こるたびに拓美がよく言っていた。
勝利とは、望む結果を得られてこそのものだと。
あたしも拓美もリータも、あの世界においては間違いなく最強だった。
たとえどんな相手でも、倒せる力を備えていた。それは確実だった。
だけど、だから何でも力ずくで解決できる…って事にはならなかった。
世界ってのは、そこまで甘くも単純でもなかったのである。
たとえゴリ押しで勝ったとしても、望む結果を得られなければ敗北だ。
何度も難題に直面する中で、拓美は持論を確固たるものにしていった。
万能を自認していたあたしも、その持論に付き合う事で考えを改めた。
「常に謙虚であれ」というリータの言葉も併せて肝に銘じ、拓美の言う
勝利が何かをシビアに見極めた。
あたしは強い。
目の前にいる相手より、はるかに。
だからこそ驕るな。
今、何をすべきか。
何を得る事こそが、勝利なのか。
きちんと見極めて、戦え。
================================
「なんか癇に障るわねェ!」
ギュン!
殺気立ったひと言と共に、イララは一気に急降下してきた。その軌道を
ギリギリまで見極め、寸前でスッと身をかわす。しかしさすがに相手も
その回避を読んでいたらしい。
ザシュッ!!
すり抜けざまに爪が伸び、あたしの左腕をざっくりと切り裂いた。
なるほど、猛禽類っぽい攻撃だね。とりあえず、痛みに顔を歪める。
「あらら、痛かった?」
「…………………………」
切られた腕を押さえつつ、あたしは何も答えなかった。下手に答えると
ダメージを負ってないのがバレる。そういう芝居はあんまり自信ない。
相手が余裕を取り戻している間に、エコーロケーションで状況把握。
…どうやら、ニロアナを狙ってきたのは本当にこの女「だけ」らしい。
そりゃそうだ。いくら何でも警察も捜査網を敷いてるだろうし、ここで
下手に大勢を動かせば余計な尻尾を掴まれる。そこそこ賢明な判断だ。
こいつさえ抑えられれば、ひとまずニロアナの安全は確保できる。
トランは、あたしにそれほど多くを求めてはいない。
今この状況で優先すべきは、何よりニロアナの安全確保。それだけだ。
イララ・イグアを倒せとはひと言も言わなかった。
あたしには無理だと思ったから?
そうじゃない。
モリエナの話を信じるとするなら、この女はゲイズよりも数段弱い。
あたしが後れを取る相手じゃない。それはトランも分かってるだろう。
実際に戦ってみて、それははっきり確信できた。この女、シュニーホに
編入するなら1組か2組だけれど、トップにはなれない。その程度だ。
たぶんガウバーにすら勝てない。
まあ、それは今どうでもいい。
大事なのは、あたしが何を得るか。その一点に尽きる。
驕るなよ、あたし。
================================
「大丈夫ゥ?何なら医者呼ぼうか?降参するならそのくらいの事は…」
「いやいいよ。血は止まったし。」
完全修復ではなく、それらしい傷を残した腕を掲げてイララに答える。
さすがにムッとしたのが判った。
「そんな治癒能力も持ってるんだ。恵神ローナって割と不公平よね。」
「そうかもね。」
どう答えていいか、地味に困るな。とりあえず言葉を濁しておこう。
あたしの力は天恵とは全く違うし、ローナから授けられたんじゃない。
…どっちかと言うと、あなたたちを率いるネイルの力の方が由来として
近いだろう。それに、恵神ローナが不公平かというのも微妙な話だ。
まあ、深くは語るまい。
さて。
イララは割と饒舌だ。ならこの場ですべき事はひとつ。情報収集だ。
と言っても、捕まえて力ずくで…というのは悪手だろう。恐らくは何も
話さないだろうし。だったら…
「ねえ。」
「何よ。」
「オレグスト・ヘイネマンの新しい顔って、もう見慣れた?」
どうだ?
「はぁ!?」
そこでイララは顔をひきつらせた。…うん、ど真ん中に入ったなコレは。
「あんた、何でそんな事を!?」
「いや、興味があっただけ。」
嘘じゃないよ。少なくとも、興味があったのは紛れもない事実だし。
今のリアクションでおよそ判った。態度に出やすい相手でよかったよ。
【変相】という天恵を持つターラ・カミナスが殺された。
その犯人は目の前にいるイララだ。それはもう、間違いないだろう。
ならどうして、あたしは今この場でイララと相対しているのだろうか。
理由自体は明白だ。ニロアナを狙うこの女の行動を、妨害したからだ。
だったら、そもそもどうして彼女はニロアナを狙ったのだろうか。
ただの画家でしかない彼女を名指しで狙う理由など、ひとつしかない。
未だ覚醒していない【読心】という天恵を手中に収めるためだろう。
そこまで考えれば、全体像が見えてくる。つまり、昨日から今日のね。
ターラをあんな目立つ形で殺害した理由は、やはり追跡してくる者への
メッセージだろう。ターラの天恵を調べるには時間がかかるけど、仮に
すぐ判ったとしても状況の好転には繋がらない。むしろ、ネイルたちの
今の顔を知る術が無くなったという現実を、突きつけられるだけだ。
そういった諸々が明らかになる前、つまり今日の午前中に開催された、
王立図書館の落成式。この式典には女王が来るという噂さえもあった。
まあ来なかったけど、もし来たなら何かしらの手出しも出来ただろう。
条件さえ整えば、マルコシム聖教の聖都蹂躙の再現すらも可能だった。
もちろん可能性は低い。しかし好機だったのも確かだ。そうだとすれば
顔を変えたオレグストが、落成式の会場に潜入していた可能性はある。
ダメモトだったとしても、その場に集った人間の天恵は調べただろう。
他人の心が読める天恵なんて、今のネイルたちには喉から手が出るほど
欲しい人材に違いない。だったら、彼女がロンデルンに滞在している
今しかチャンスはない。手を出してくるなら、今夜か明日の夜だろう。
その結果がコレだ。
あたしのカマかけに見事にかかり、イララは決定的なリアクションを
見せてくれた。否定も肯定ももはや必要ない。表情が全てを物語る。
少なくとも、オレグストは【変相】の天恵で顔を変えている。恐らく、
ネイルも同じだろう。その想定に、ひとつの確信を得る事が出来た。
そして、先んじてニロアナの拉致を阻止するという結果にも繋がった。
さすがだね、トラン・マグポット。
その聡明さはオズをも超えてるよ。
そして。
ねえ拓美。
こういうのこそ「勝利」って呼ぶに相応しいのよね。
ドヤ!