ふたりの獣人
お邪魔します。
お邪魔しまーす。
どうぞどうぞ。
ちょっと物が多いですけど…
いやあ、しかし広い家ですね。
失礼かも知れませんが、少し意外。
でしょうね。
あたし自身、ちょっと持て余してる感はあるんですよ。一人住まいには
広過ぎるかなあって。
ご家族は?
両親はクーデースに住んでます。
あたしだけロンデルンに出てきて、ずっと一人住まいです。この家も、
もともとは実家の持ち物だったのをもらったんですよ。独立を機にね。
ああなるほど。ちょっと共感です。
俺もルトガー爺ちゃんのものだったあの家を、思いもかけない理由で
ネミルと相続する事になったから。
そうそう、そうだったよね。
ですよね。
初めてお会いした時も、ほんの少し我が身に置き換えて見てましたよ。
そうは言っても、神託師を継承したネミルさんの方が大変だったろうと
思いますけどね。
どうでしょうね。
家にも人にも歴史あり、ですね。
さてと。
それじゃノダさん、俺たちが夕食を作りますんで。
え?
いやその…
本当に?
もちろん。
キッチンと食材、使っても?
どうぞどうぞ!
何かすみません、お客さんなのに。
トーリヌス様に怒られるかな…
気にしない気にしない!
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「…タカネ?」
眼前の女―イララは、あたしの名に怪訝そうな表情を浮かべる。まあ、
無理もないでしょうね。憶えなんか無いだろうし、そんな相手に自分の
名前を言い当てられたんじゃあね。警戒するのが当たり前だ。
もちろん、情報の元はモリエナだ。ローナに画像を見せられ、大まかな
状況を聞いただけで判ったらしい。マルコシム聖教の聖都襲撃の際にも
参加していたらしいから、そこそこ上の立場にいる教団員だ。
「どこの誰だか知らないけど、何故ここにいるのよ。」
「ここにいる理由なんて、お互い様でしょ?」
「…………………………」
黙ったか。そりゃそうだろう。
事細かに説明する気はない。そんな事をしても得られるものがないし、
いたずらに不安要素が増すだけだ。身軽に動けるに越した事はない。
それにしても、トランは鋭いね。
ターラ・カミナスを殺したのがこの女なのは、ほぼ間違いないだろう。
ここへ忍び込んで来た際の機動力を見れば、あの悪趣味なモズの早贄も
不可能じゃないと思える。ローナがモリエナから得た情報も併せれば、
この女が犯人であるという推論までは簡単に成り立つ。
だけど、さすがにこの女がニロアナを狙うって発想は、簡単に出ない。
発想が飛躍し過ぎている気がする。でも結果はこの通りドンピシャだ。
侮れないねえ、魔王。
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「いい加減に…!」
「しーっ。」
声を荒げそうになるイララに対し、あたしは人差し指を口に当てた。
「夜のホテルであんまり騒がない。迷惑でしょ?」
「…………………………ッ!!」
苛立ちが募ってるのが見え見えだ。何と言うか、見た目通りの単細胞。
…まあ、拓美に言わせればあたしも大概に短気らしいけどね。
続けてあたしは、小声で告げる。
「どっちみち、この場所であなたに好き勝手させる気はない。それでも
ニロアナを狙うなら、まずあたしを黙らせてみな。」
「…喧嘩売ってんの?」
「そう聞こえなかった?」
言いながら、ニッと笑ってみせる。我ながら煽りが上手くなったなあ。
拓美が見たら何て言うんだろうね。ま、それは勝手に想像するとして。
喧嘩は、売り方が大切だ。
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「人狼融合。」
拓美に倣い、きっちりと声に出す。まあ、もうほぼ自分の意志だけど。
あたしも拓美化が進んでるなあ。
ザワッ!!
告げると同時に肉体が変化し、肩と背中にエヴォルフの獣毛が生える。
瞳孔の色も変化。野生動物を彷彿とさせる金色になって輝く。
その変化を目にしたイララも、同じように「目の色」を変えた。
怪訝そうだった顔に、あからさまな興奮の色が宿る。判りやすいねえ。
「…獣化の天恵!?」
「どっちが上か、勝負してみる?」
「モチよ!!」
ザワッ!!
顔ごと避けるような笑みを浮かべたと同時に、イララの体も同じような
変貌を遂げた。…なるほど、これがモリエナの言ってた彼女の天恵か。
確かに獣化だ。かつてのシュニーホ魔法学校実動1組に所属していた、
ラオ・ブロノを思い起こさせるね。彼と戦う機会は結局無かったから、
どっちが強いかは判らない。まあ、どうでもいい事なんだけど。
「んじゃ、遊ぼうか。」
ダン!!
そう言い捨てたあたしは、床を蹴り一気に廊下を突き当りまで駆ける。
わざわざ見るまでもなく、イララは遅れる事なくピッタリついて来た。
この初速を捉えるか。さすがだね。
余計な騒ぎも器物破損も願い下げ。あらかじめ開けておいた突き当りの
窓から、身をすぼめて一気に脱出。イララも同じように飛び出した。
ここは12階。隣の棟への渡り廊下が真下にあるけど、6階下である。
控えめに見積もって、飛び降りても平気な高さではないだろう。
バサッ!!
かすかな羽音を立て、追尾していたイララが減速と共に上昇に転じた。
なるほど、羽を生やしたって事ね。さすがに器用だ。見た感じ、鳥系?
まあ、負けないけど。
「蝙蝠融合。」
バサッ!!
こっちは蝙蝠の羽を生やし急停止。追いすがるイララをやり過ごして、
そのまま急上昇する。
「…器用な真似を!!」
ギュン!!
同じように急上昇して迫るイララ。おお、来た来た。んじゃ…
融合解除。
「何!?」
接触する直前で落下するあたしに、イララは瞠目した。高度で言えば、
もうホテルの屋上をも超えている。ここから渡り廊下の屋根に落ちれば
間違いなく一気に突き破るだろう。下手すれば床まで抜けて落下する。
もちろん、そんな事しないけどね。
トッ。
激突の直前に身を翻し、音も立てず屋根に降り立つ。突き破るどころか
ヒビひとつ、凹みひとつ作らずに。こういうのはスマートでないとね。
もちろんタネはある。
屋根の数ミリ上に、ジアノドラゴンの骨組織で作った板を現出させた。
固定は絶対処理だしこれは凄まじく頑丈だし、あたしが落ちた程度では
たわみもしない。足の裏に柔らかい毛を生やせば、着地の音もしない。
見上げれば、イララはさっきと同じように瞠目していた。まあ恐らく、
どうやって降りたか分からないってとこだろう。
悔しかったら、やってみな?