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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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ニロアナの事情

ひと口。

沈黙。

果てなく永い数秒。


そして。


「なぁるほど。店と全然違うけど、これはこれでイイじゃない。」

「ありがとうございます。」


何とかそう言った俺のすぐ傍らで、ネミルが大きく息を吐いていた。

よかった。どうにかニロアナさんのOKがもらえて。



…客商売は、思いもかけない試練がいきなり来るもんだな。


================================


俺たちは別に、ニロアナさんの事を怖れたり忌み嫌ったりしてるという

わけじゃない。ただ単に、今の状況で遭いたくなかったってだけだ。

何故かって、それは実に単純な話。

この人は「オラクレールの味」ってものを知り尽くしているからだ。


そこまでヘビーな常連ってわけじゃないけど、月に十回は来てくれる。

メニューもひと通り制覇してるし、贔屓のメニューももちろんある。

紛れもなく、うちの店の常連客だ。


そんな人に、キッチンカー営業での品を出すのはどうにも勇気がいる。


もちろん、いい加減な品を出してるつもりは微塵もない。あれやこれや

試行錯誤を重ね、今のこの環境でのベストを探し当てて提供している。

要するに「値段に見合っている」と言い切れる品を出してるつもりだ。


とは言え、いくらタカネがあれこれ工夫してくれるとしても、やっぱり

本店と同じパフォーマンスってのは望めない。それも覆せない現実だ。

そっくりそのままで持ってきたわけじゃないのは、否定できない。


だからこそ、一見さんだけの営業で今日までやってきたのである。

一箇所に留まらない営業の形態は、メニューの都合と相性が良かった。

本店から離れる事にそれほど抵抗が無かった事の、ひとつの要因だ。


それだけに、ニロアナさんの登場は純粋に焦った。冷や汗が出た。

これでダメ出しされていたら、俺もネミルも相当ダメージ喰らってた。

勝手な理屈なのは間違いないけど、俺たちだってそこまでメンタルは

強くないって事だ。

…………………………



ああ、本当にホッとした。


================================


「それはそうと…」


何とか気持ちの余裕が戻ったので、当然の疑問をニロアナさんに問う。


「ニロアナさんこそ、どうしてこのロンデルンに?」

「何だと思う?」

「ええー何だろ。観光ですか?」

「違う。」


食いつくネミルの言葉を食い気味に否定し、ニロアナさんはすぐ背後の

王立図書館にチラと視線を向けた。そういや、あそこから出てきたな。

……………………………………………………

あれ?もしかして…


「絵の納品ですか?」

「正解!」


振りむいたニロアナさんは、そこでニッと意味ありげに笑った。


そう、どこか誇らしげに。


================================


すっかり忘れてた。


去年、トーリヌスさんがこの図書館に拉致された時。

俺たちは偶然この街に来ていたし、それが縁で救出作戦にも参加した。

その「偶然」が、そもそもこの人に臨時で雇われたからだったんだ。


絵画コンクールで賞を獲り、個展を開催する権利を得た。その会場で、

俺たちに料理や飲み物を出す仕事をくれたんだった。初出張だったから

よく憶えてる。…まあ、その途中で大変な事件に首を突っ込んだけど。


で、その事件がきっかけとなって、女王陛下が個展の会場に来られた。

もちろん俺とネミルに会うためだ。でもそこで、ニロアナさんの絵を

思いのほか陛下が気に入った。その結果、改築中だった王立図書館に

ニロアナさんの絵を飾るという話がまとまってたんだった。


あまりにも色々な事があり過ぎて、本当に完全に忘れてたな。

…まあ、ずいぶん前の事だったし。改築も含めて、時間がかかったのは

当たり前の話だ。大きな事業だったというのは、何となく実感できた。


「そっかー、あの時お聞きした案件がようやく終わったんですね。」

「そう。色々大変だったわよ。」


実感こもりまくりの声でそう呟き、ニロアナさんはため息をついた。


「で、今日がまさに落成式だったというわけ。もしかしたら女王陛下の

ご来駕があるかとも思ってたけど、さすがにそれはなかったわね。一度

お姿を拝見したいところだけど。」

「そ……………………うですね。」

「また?何でそんなに伸ばすの?」

「いや、残念でしたね。」


実際には会ってるんだよな。ってかガッツリ話し込んでたよな個展で。

やっぱり陛下は、今もなおこの人に名乗ってはいないのか…。



持ってる天恵の割に、ニロアナさんって知らない事が多い人だよな。


================================


「で、その落成式はもう終わったんですか。」

「ええ、ついさっきね。式自体は、まああっさりしたものよ。何たって

改築しただけみたいだからね。」

「なるほど。」


そう言えば、トーリヌスさんたちもそんな事を言ってたっけな。


「じゃあ、もう帰るんですか?」

「さすがにそれはちょっとね。遠路はるばる来たんだし。」


俺の問いに答えたニロアナさんは、肩をすくめて苦笑を浮かべた。

だよなあ。本当に遠いし、尻が痛くなるし。とんぼ返りは悲し過ぎる。


「二泊までなら国が出してくれる。ホテルも用意してくれるしね。」

「えっ」


俺とネミルは揃って仰天した。

そこまでの厚遇とは。…やっぱり、賞を獲る人って違うんだなあ。


「じ、じゃあこれからそのホテルに行くんですか?」

「まあ、ちょっと観光しようかとは思ってるけどね。時計塔とか…」

「え?」


それはどうなんだろう。

あそうか。落成式をやってたから、事件はまだ知らないって事なのか。

だとすると…


と、その刹那。


「ちょっとー!ニロアナさあん!」


遠くからそんな声が近づいてくる。何だか聞き覚えのある声が。


「ホテルの手配の事とか、ちゃんと確認させて下さいよー!」


あ。

やっぱり。


「…………………って、あれ?」


息を切らせて駆け寄ってきた女性の目が、俺たちを捉えて見開かれる。


「何であなた方がここに。」

「えっ、知り合い?」


今度はニロアナさんが目を見開く。いやあ、みんな驚いてるなぁ。

とりあえず、お客さんには挨拶だ。


「いらっしゃいませ、ノダさん。」

「えっ、ハイ?」


「ご注文は?」



作っといてよかったな、スコーン。

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