ロンデルンでの出店
凄惨な事件だ。恐らく明日の朝刊でデカデカと報道されるだろう。
それでも街は回っていく。
それが大都市ってもんだろうな。
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遺体が誰なのかは、警察よりも早く突き止められた。さすがは恵神だ。
とは言え、うかつにそれを通報する訳にもいかない。もし下手を打てば
俺たちが犯人だと思われかねない。悪いけど、そこまで関与はしない。
案の定と言うか、野次馬の中に天恵持ちは一人もいなかった。
まあそうだろうな。純粋な猟奇殺人なら、犯人が来てる可能性もかなり
高かった。でもこれは、間違いなくロナモロス教団内の粛清だ。なら、
わざわざ見に来るとは考えにくい。さほどガッカリもしなかった。
それでも明らかになった事はある。
事件発生は昨夜だ。なら、あるいは実行犯や共犯者がまだこの街にいる
可能性は残っている。少なくとも、「昨日まで誰かがいた」って事だ。
それも、【変相】の天恵持ちを殺す采配が出来るだけの立場の誰かが。
予想を超えてきたな、この街は。
と言っても、俺たちがやるべき事は変わらない。
ここまで来たんなら商売だ。もう、開き直って繁盛店を目指してやる。
言い方は悪いけど、俺たちにとってターラ・カミナスはただの他人だ。
弔い合戦をする気もないし、無理に報われる道を探そうとも思わない。
ネイルたちに加担していたのなら、あんな最期も無くはないだろうし。
俺たちは神でも悪魔でもない。ただ俺たちの道を行くだけだ。
…まあローナは恵神だし、俺は魔王だけども。
それは言いっこなしで。
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てなわけで、露店の出店許可を役所で申請した。…あっさり通ったよ。
さすがに車両ってのは驚かれたが、役人も意外と融通の利く人だった。
いいね、こういう大都市ならではの懐の深い混沌は。
「ただし、駅前や官庁の前などでは控えて下さい。いいですね?」
「分かりました。」
そこは大人しく承諾だ。さすがに、そんな場所で店を開く気はないよ。
と言うか、もしやったらパンクするのが目に見えてる。俺たちも結構、
ここに来るまでにそこそこの経験を積んだからな。
どこの街でも、けっこう客は来る。もちろん物珍しさもあるだろうし、
何と言っても喫茶店だ。単価が安い事もかなりプラスに働くんだろう。
そしてもうひとつ。俺たちが原則、一日しか営業しないのも大きい。
物珍しさで来てくれた客が、その後リピーターになるかは分からない。
満足度云々以前に、次の日には店が無くなるんだから分かるワケない。
恐らく俺たちは、キッチンカーなる営業形態としてもかなりの異端だ。
当然だろう。何と言っても俺たちの店には、タカネとモリエナがいる。
本店からは離れていく一方の無茶な運用が成立しているのも、彼女たち
二人が協力してくれていてこそだ。あえてタカネの言葉を借りるなら、
「チート経営」という奴だろうな。そこはしっかり自覚していますよ。
そもそもの目的は、ロナモロス教の副教主を探し出す事だ。店の営業は
そのための手段に過ぎない。だからこういうチートも是としている。
あらためて思うと、気楽なもんだ。
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そんな次第で、気持ちを切り替えて開店準備に取り掛かる。
「やってはいけない場所」の指定をされたって事は、逆に考えれば割と
選択肢が多いとも言える。なので、少しは知ってる場所を選んだ。
「いいんじゃない?広いし。」
「だろ?」
見渡したローナのその言葉に、俺はいくぶんドヤりながら答える。
ここは、王立図書館の前の広場だ。緑も多いし休憩スペースもあるし、
何よりビジネスマンがほぼいない。探り探りの営業にはもってこいだ。
ただし図書館に持ち込まれると困るので、この場で提供するだけだ。
もし極端に客が来なかった場合は、そういうものだと割り切る。まあ、
首都と言っても何日も逗留する気はないから、これも経験だろうな。
さて、いざ開店だ。
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「ありがとうございましたー。」
はあ、やっとひと息つける。
俺もネミルも少しバテ気味だった。何と言うか、甘く見ていたらしい。
図書館から出てきた人が、思ってた以上にまっすぐここへ来てくれる。
館内飲食禁止ってのが、予想以上にいい相乗効果になってるんだろう。
「忙しいわね。さすがは首都。」
「まあ…な。」
「疲れるねー…。」
やっぱり俺たちは田舎者だ。ここへ来ると、いちいち振り回される。
まあ、社会勉強の一環と思えば別にいいんだけど…
「ん?」
ちょっと目を逸らした間に、ローナの姿が視界から消えていた。あれ、
どこ行った?ってか、何で消えた?何か重要なものでも見つけたのか…
って、客だ客だ。とりあえず接客を最優先にしないとな。
「いらっしゃい…ま…」
「こんな所で仕事?」
声が途中でつっかえてしまった。
目の前に立つ、女性客の顔を見て。
「えと…」
チラと目を向けてみると、隣に立つネミルの顔も若干強張っていた。
多分、俺も似たようなもんだろう。
…来て欲しくない人が来た。
しかし、さすがにこれは予想外だ。
ローナが姿を消したのは、おそらく彼女を見かけたからだろうな。
…しゃあない、切り替えよう。
「お久し振りですニロアナさん。」
「噂には聞いてたけど、まさかこの街に来てたとはねぇ。」
「え、ええ。」
「元気そうで何より。」
何でこの人がいるかなあ。
いや、前の時もそうだったけど。