猟奇の首都ロンデルン
相変わらず、俺たちの目的地は漠然としている。
とは言え、自動車で移動する速度がたかが知れているのも事実だ。
毎日少しずつ南下してはいるけど、なかなか国を縦断とはいかない。
気に入った街は数日の逗留もする。結果的に、更に移動速度は落ちる。
まあ、そんなに焦っても仕方ないと開き直ってる感じだ。
それでも、いつかは辿り着く。
首都ロンデルンに。
もう、明日の午前には着くはずだ。
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「いやあ、ついに来たんだね。」
すっかり夜になった。今日も当然のように車中泊。さすがに慣れたな。
紅茶を啜りながら、ネミルが実感のこもった口調でそう呟く。
「鉄道で行った時の時間を考えればやっぱり、遠くまで来たよね。」
「尻が痛かったんだよなあ…。」
そう。
俺とネミルは、以前にロンデルンに行った事がある。片道6時間かかる
なかなかハードな鉄道の旅だ。あの経験があったからこそ、そこへ車で
辿り着く事にはやはり感慨が深い。
『首都か。あたしもローナと一緒にそこそこウロウロしたけど、意外と
ロンデルンは行ってないのよね。』
「そうなんですか。」
『あたしのいた世界に置き換えると「ロンドン」になる街よ。』
「やっぱり似てるんだな。」
タカネの話は、いちいち興味深い。
彼女がいた世界と俺たちの世界には共通項があるらしい。国も然りだ。
世界地図で当てはめれば、そこそこ該当する国があるんだとか。
『あたしは過去に二つの世界を見てきたけど、その二つも似ていた。
少なくともここよりはね。異世界というのは、意外と似てるもんよ。』
「見てみたい気もするけど、やっぱ怖いからいいや。」
「異界の知」が存在する以上、俺も昔から異世界の存在を信じていた。
恵神が実在するんだから、こことは違う世界だってあるんだろうなと。
しかし実際にこういう話を聞くと、本当なんだという事実に少しばかり
圧倒されてしまう。まあ、限りなく今さらな話ではあるけど。
ともあれ、明日はロンデルンだ。
首都でキッチンカー商売がどこまで受け入れられるかも見てみたいし、
何かしらロナモロス教の手がかりが掴めるかもしれない。いずれにせよ
得るものが多い事を祈るばかりだ。
明日に備えて早く寝よう、うん。
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俺もネミルも、翌朝は日の出の前にバッチリ目が覚めた。…遠足かよ。
うきうきしてる…ってのはさすがにちょっと違う。遊びに行くわけじゃ
ないって事も含めて。いずれにせよ意気軒高だ。このテンションのまま
乗り込んでやろう。
「んじゃ行こうぜ。」
「出発!」
『着いたらガソリン入れてよ。』
…………………………
すみません。
相変わらずガス欠ばっかりで…
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天気は快晴、雲ひとつない。上々のお上りさん日和である。
車道からロンデルンに来た事は過去一度もないから、少し緊張した。
実際、中央ブリッジの入口の検問でちょっと変な顔されたし。
とは言え、思ったよりもスムーズに街に入れた。さすがはロンデルン、
交通量が段違いだ。多少見てくれが奇抜でもさほど注目されない。
俺たち的には大助かりだ。
「おはよー。」
後部コンテナから唐突な声が響き、窓からにゅっとローナが顔を出す。
「おはよう。」
『おはよう。』
「おはようございます。向こうは、どんな感じでした?」
『ディナも慣れてきてるね。完全に開き直ってトモキを預けに来るよ。
育児放棄しているようにも見える。まあ仕事が忙しいんだろうけど。』
「姉貴らしいな。」
むしろ、そっちも大助かりだ。
出発は限りなく唐突だったものの、ある程度の確信は持っていた。
細かい事は気にしないディナなら、そのうち慣れてくれるだろうと。
思っていたよりずっと早く、現在の俺の店を受け入れてくれたらしい。
ペイズドさんたちの事もそれなりに信じてくれたなら、何よりだ。
心置きなく、ロンデルンで情報収集と商売に励むとしよう。
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「…………………?」
何だろう、この妙な空気は。
とりあえずオラクモービルを有料の駐車場に預け、散策する事にした。
観光ってほどじゃない。と言うか、俺とネミルは二度もここに来てる。
今さら田舎者丸出しの態で、ここをウロウロしたくはない。
どっちかと言うと、タカネとローナが「一度ゆっくり街を見たい」と
揃って言い出したのである。まあ、特に反対する理由もないからな。
久々にタカネがオラクモービルから離脱し、人の姿を成す。何だろう、
この人がトラックを力ずくで走らせ続けてる事実は、笑いそうになる。
何はともあれ、揃って元気よく歩き始めたものの…
「何だか慌ただしいわね。」
「事故でもあったのかな?」
周囲を走る人たちの様子に、ローナとネミルが怪訝そうにそう言った。
確かに何かおかしい。朝の騒々しさとは根本的に違う、不穏な空気。
ってか、みんなどこ行くんだ?
「ちょっといいですか。」
「うおっ何だ!?」
傍らを通り抜けようとした男性を、タカネが素早く掴んで止めた。
何と言うか、有無を言わさずだな。
「何かあったんですか?」
「知らねえのか姉ちゃん。」
「何しろ来たばかりでして。」
「変死体だよ変死体!」
「え?」
男性のひと言に、タカネだけでなく俺たち三人も眉をひそめた。
いきなり変死体だと?
「時計塔のてっぺんに、女の死体が刺さってたんだとよ!じゃあな。」
そう言い捨て、男性はタカネの手を振りほどいて駆け去っていった。
場に残った俺たちは、何となく顔を見合わせる。
「何か、いきなり物騒だな。」
「とりあえず行ってみよう。」
「え、行くんですか?」
ネミルが露骨に嫌そうな顔をする。
「着いていきなり変死体なんて…」
「タイミングが良かったとも言えるでしょ?仮に何にも関係なかったら
忘れてしまえばいい。でも、もしも関係ある話なら見逃せないわよ。」
「確かにそうね。」
答えたタカネが俺たちに告げた。
「嫌なら見なきゃいい。だけどまず行ってみよう。必要なら、あたしが
検分するから。」
「分かった。いいなネミル?」
「うん。」
ネミルも今度は迷わず頷く。
何しろ手がかりが欲しいところだ。なら、野次馬根性も必要だろう。
「んじゃ行こう。」
やれやれ。
ロンデルンも穏やかじゃねえなあ。