ペイズドの偽らざる本心
窓の外を窺うと、遠巻き連中の中に親父たちの姿が見えた。傍らには、
ネミルの両親の姿もある。さすがに誰かが連絡したんだろうな。
イザ警部から話を聞いたとすれば、さぞ俺の対応には怒ってるだろう。
自分でも無茶だとは思ってるけど、ここは勘弁してもらうしかない。
ってか、最初から妙な予感のようなものがあった。事情が分かるまでは
不用意に外部との接触はしない方がいいと。根拠も何もなかったけど、
とにかくそうすべきと確信した。
そして今に至る。
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「事情はお話ししました。なので、そろそろ交渉をお願いします。」
「俺がやっていいのか?」
「私がやりますと言っても、どうせ断るつもりでしょう?」
「まあな。」
さすがに見透かしてるか。
情緒が死んでいる割に、思考自体は至って明晰なんだよなこの女。
「交渉っていうのは、公的保証人をここに呼べって話か?」
「ええ。ただしなりすましなどでは困るので、指名させてもらいます。
別に構いませんよね?」
「俺がとやかく言える事じゃない。そのくらいは伝えてやるよ。」
言葉を交わしながら、俺は頭の中で今の状況を可能な限り検証する。
本当に誕生日が明日だというなら、今この瞬間凶行に及ぶ心配はない。
しかし、天恵を得たからと言ってもおとなしく出て行く保証もない。
どっちにしても、明日までこのままというのは、出来れば遠慮したい。
そして、問題はネミルだ。
心を読む天恵を宿しているものの、正直それが今の最善かと考えると、
どうにも確信が持てない。何より、ネミルは他の人の天恵を宿している
状態では、本来の能力が使えない。つまり天恵を見る事が出来ない。
ニロアナさんの天恵は貴重だけど、ここは判断が難しいところだ。
どっちを選ぶか…
「え?」
前触れもためらいもなく、ネミルが指輪を素早く外した。そして更に、
素早く着け直す。…いや、俺の心を読んでの判断だろうけど、何でだ?
そこまで迷いなく心を読めるという利点を捨てるのは…
そこまで考えたところで、ネミルが窓の外にじっと目を向けている事に
気付いた。何だ、何を見てるんだ?
視線を追った俺の目が、遠巻き連中の中に見知った顔を見つけた。
…ああ、そういう事か。
判断が早いなネミル。
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ジリリリリリリリリリリン!
店をずっと監視していたかのようなタイミングで、再び電話が鳴る。
「オラクレールですが。」
『私だ。』
「イザ警部ですか。」
『もう待てん。事情は聞いたか?』
「ひととおりは。」
さすがに、もう突っぱねる段階じゃない。いくらランドレの目的自体が
急がないとしても、店の外の混乱は想像以上だろうから。
とは言え、一線は引いておく。
『…ランドレ・バスロを電話に出す気はないのか。』
「ありません。交渉するなら現場でお願いします。」
『それは誰の意思だ?』
「誰の意思と言うより…」
言葉を切り、俺は少しだけ考えた。
「そうすべきと言う総意です。」
『…何を言ってるのか分からんが、そこまで言うのなら従ってやろう。
念のために訊くが、君はランドレの共謀者ではないな?』
「当たり前です。」
『分かった。ではしばし待て。』
ガチャン!
今度は向こうが先に電話を切った。
ああ、俺この人に嫌われてるなぁ。
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「それでペイズドさん。」
向き直った俺は、ずっと黙ったままになっている伯父に声をかける。
「あ、喋っていいですよ。」
「!!…どういうつもりだ君は?」
「きちんと事情が知りたいってだけです。ここは俺の店ですから。」
責めたくなる気持ちは分かるけど、俺たちだって言いたい事はある。
ってか、この人の立ち位置も現段階ではハッキリしてないんだから。
…とは言え、この人はランドレとは明らかに違う。勝手ばかりする俺に
早々と悪意を抱き、「魔王」の力で支配できるようになった。むしろ、
この方が普通の反応だろうと思う。…だったら、ネミルの天恵無しでも
事情は聴けるはずだ。
「答えて下さい。」
「…何だと?」
「今のこの状況、あなたが画策したわけじゃないんですか?」
「…していない。」
素直な回答だ。まともな感覚なら、怒って当然の質問にもかかわらず。
つまりこれは、「魔王」力によって自白しているという事なんだろう。
ランドレはと言うと、相変わらずの無表情でじっとこっちを見ている。
どうでもいいとか思っているのか、それとも彼女も聞きたいのか。
「遺産相続の権利を渡すくらいなら始末する。そんな考えを今日までに
抱いた事は無かったんですか?」
「………………」
「答えて下さいよ。」
「…無かったとは言わない。」
「そうですか、やっぱり。」
やはり抑揚のない声で、ランドレがポツリと呟く。しかしさすがに、
その表情には少しだけ陰りのような気配が見えた。
そりゃそうだよな。
理屈で分かっていても、育ての親がこんな言葉を吐いたんじゃあな。
残酷な事をしてるのかも知れない。それは分かってる。
だけど俺とネミルには、少なくとも知る権利はあるはずだ。
何たって、命かかってるんだから。