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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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親子の絆と血と命と

昼過ぎだというのに、薄暗かった。

どんより雲が垂れ込める空の下に、輪をかけて陰気な石壁が続く。

初見の人間は、どんな建物なのかという疑問を例外なく抱くだろう。

しかしそれが何なのかを知る人間にとって、その光景はむしろ納得だ。


その名はイーツバス。



凶悪犯や天恵犯罪者らを収監する、イグリセ最大の特別刑務所。


================================


『んじゃ、行ってくるか。』

「気をつけて行けよ。」

『珍しいお言葉じゃん。やっぱり、今でもちょっと怖いの?』

「まあ正直に言えばな。前の時は、本当に話しただけだったから。」

『ふぅん。』


短い会話ののち、路肩に停められたトラックの後部ドアが開く。

降り立ったのは、黒いローブで身を包む長身の影だった。

続いて、やや背の低い男性も降りて並び立つ。


『名乗っていいのよね?』

「ああ。まあ相手が憶えているかは分からんが。」

『思い出させてやるわよ。』

「そうか。まあ好きにしなさい。」

『はぁーい。』


ローブ姿の女が、語尾を伸ばした。その声に男性はフッと小さく笑う。


「お前は変わらないな。」

『そう?…思いっ切り変わったなと自分では思うんだけど。』

「見た目じゃない。話し方だよ。」

『そうかもね。ナントカは死んでも変わらない…だったっけ?』

「自分が死んだ事をネタに出来る、その感覚が何より変わらんよ。」

『ハハッ、確かに!』


しばし、二人は声を合わせて笑う。

寒々しい景色の中に、その笑い声がかすかに響いた。


「じゃあ頼むな。」

『いってきまぁす!』


そんな挨拶ののち、ローブの女性はゆっくりと歩き出した。しかし、

いくらも行かない内に立ち止まる。


「どうかしたか?」


ゆっくり振り返った女性に、見送る男性があらためて声をかけた。


『ねえ父さん。』

「何だ?」

『大丈夫?』

「お前が心配とは珍しいな。」

『なんか、顔色悪いよずっと。』

「こんな時だ、気苦労も多い。まあそれが理由だろう。」

『ホントに?』

「心配はいらん。それよりお前は、お前にしか出来ない事をやれ。」

『…………………………』

「お前のやり方で構わない。たとえどんな結果になろうと、私はそれを

認めてやる。だから遠慮はいらん。思う存分に力を振るえ。」


『父さん。』

「ん?」

『ありがとね。』

「ああ。もう行きなさい。」

『分かった。』


それが最後だった。

ローブのフードを被り直した女性が踵を返し、速足で歩き去っていく。

もう振り返る事はなかった。


「…父さん、か。」


じっとその背を見送りつつ、男性がフッと小さな声で呟く。


「親子というのはどこまでも縁だ。決して切れない縁だ。たとえそれが

血にまみれていたとしてもな。」


刹那。


高い塀の手前まで到達したローブの黒い影が、撃ち出されたかのように

一気に跳んだ。勢いのまま塀の上に達し、そのまま軽やかに着地する。

向かって右側に見えていた見張り台から、守衛らしき数人が駆け出して

近付いていくのが見えた。


次の瞬間。


予備動作もなく駆け出したローブの影が、接近する彼らに逆に迫った。

声は全く届かない。しかし遠目にも血飛沫が上ったのが小さく見えた。

チラチラと光ったのは刃の輝きか、それとも凍てついた空気の塵か。


美しいと思った。

暴力的な現象だとしても、ここまで遠いとただ美しいとしか思わない。

どんな命の喪失があったのかなど、考えるだけ無駄だろう。


私も娘も、数えきれないほどの命を消してきたんだ。今さらその事を、

あれこれ論じる気はない。感傷的な気分に浸る事もない。他人の命など

我々親子にはその程度の代物だ。


糾弾する者もいるかも知れない。

当たり前の人生を送っている者たちから見れば、私と娘は悪魔だろう。

私と娘を恨む者など、ざっと考えるだけで数百人を超える。


だから何だ。


私たち親子を断罪する行為は、恵神に対する明確な否定につながる。

天恵を得た者が天恵を使う。そこに正義も悪もない。与えられたものを

活かして生きて何が悪い。我々は、ロナモロス教の教徒なのだから。


戦えゲイズ。

殺せゲイズ。

お前は美しい。

死してなお凶刃を振るうその姿は、もはや人を超えた殺戮の化身だ。

お前ほど、得た天恵を活かしている者はそうそういない。悪と呼ぶなら

呼べばいい。呼んだ者を切り刻め。お前にはそれが出来るだろう。


我が娘ゲイズ・マイヤール。

いや。もうブリンガー・メイと呼ぶべきなんだろうな。


お前はお前の刃を振るえ。

私は私のやるべき事をやるだけだ。


大丈夫、か。


ああ、大丈夫だとも。

私はまだ、死ぬつもりなどない。

私の命は、少なくとも他の誰かより優先されて然るべきだ。

生きるためには、手段は選ばない。私は私の天恵と共に在るのだから。


恵神ローナよ


どうぞこの私に



生きる力をお与えください。

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