騎士隊の見解
「どうだ?」
「完全にダンマリ決め込んでます。まあ、それが証拠と言えますが。」
「やっぱりか。」
入ってきた男性―ナガトの言葉に、ゲルノヤはそう言って頷く。
北部の街・カランベに設けられた、マルニフィート騎士隊の駐屯所。
ここに彼らは集っていた。
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「やっとアタリを引いたか。」
「断定はできませんが、そう思っていいでしょう。あの感じですと。」
「それにしても、あのニセ教皇女の殺害に関与した人間の親とはな。」
「…………………………」
場に集ったのは四人。
隊長格のゲルノヤ・ハンビ。
【犬の鼻】のナガト・ジルエ。
そしてシュリオ・ガンナー。
最後にリマス・カットン。
この二週間、彼らはイグリセ国内の神託師を徹底的に洗い出していた。
その目的はやはり、ロナモロス教に加担している神託師を探し出す事。
オレグスト・ヘイネマンの天恵は、あくまで個人の天恵を見るものだ。
天恵を与える力はない。その点は、もはや共通認識になっている。
だとすれば、実際にロナモロス教の構成員に天恵の宣告を行っている
神託師がいるはずである。あるいは複数存在する可能性もあるだろう。
それらを探し当てる事が出来れば、色々な意味で状況は前に進む。
ニセ教皇女の時には、かなり危険な橋を渡った。その結果、化けていた
人間が殺される事態にまでなった。様々な情報と確信とは得たものの、
やっぱり気分がいいものではない。それは、騎士隊全員の考えだった。
だからこそ、今回の調査はあくまで地味に堅実にを徹底したのである。
今の時代、神託師の数は最低限だ。もちろん絶やさないため世襲制度は
設けられているが、それでも総数は少ない。なので一人一人調べた。
怪しいと思ったのはやはり、実際の天恵宣告が出来ない神託師たちだ。
連続殺人事件のせいで「被害者」というイメージが強まったものの。
だから疑わないというのは盲点だ。ましてやこの国では、神託師として
登録の後に宣告の力を得ても、別に報告する義務はないのである。
ここに潜んでいたとしても、決して不思議ではない。そう考えた結果、
地道に全員調べ上げる事になった。もちろん、勘付かれないようにと
細心の注意を払って。
その調査も終盤に差し掛かった今、決定的な容疑者にまで辿り着いた。
しかもそこには、思いがけない別の存在も潜んでいたのである。
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「モリエナ・パルミーゼか。あの女の実子というのは間違いないか?」
「調べた限りでは。まさかそこまで嘘をつくとは考えにくいですね。」
「そうだな。じゃあ…」
調査書を見ながら、ゲルノヤが誰にともなく問いかける。
「やっぱりこの娘が、あの氷の爪を手引きしていたって事なのか…?」
「少なくとも今は、そう考えるのが自然だと思います。」
答えたのはシュリオだった。
「グリンツの方はまだ確証がない。しかし娘がそれほどの事をしたと
なれば、無関係だとは思えません。何しろ神託師ですから。」
「まあ確かにな。ネラン石の密輸もやっていたなら、名ばかり神託師と
いうのも嘘臭い。娘を体よく使っていたとも考えられるな。」
「じゃあ家出したっていうのは…」
それまで黙っていたリマスが、腕を組んで呟く。
「もう用済みになって殺されたか、または本当に教団を抜けたとか?」
「どっちも考えられる話だな。」
ゲルノヤがそう言って皆を見回し、少し声を低くした。
「もちろん、それも嘘という可能性だってある。【共転移】は文字通り
恐るべき天恵だ。存在を隠すために手段を選ばないって事もあり得る。
この先どうやって調べるかを…」
ジリリリリン!!
話の途中で電話が鳴り出した。
迷いなく受話器を取ったナガトが、そのまま相手と話す。
「ああ。まだ時間がかかりそうだ。そっちは…うん?ああ。そうなのか。
間違いないか?…分かった。こっちとしても重要な情報だ。じゃ。」
「どうした?」
受話器を置いたナガトに、ゲルノヤが問いかける。
「もしかしてピアズリムの事か。」
「そうです。」
即答したナガトは皆に向き直った。
「調査して判明したんですが、あの襲撃の際に負傷した人間が数名、
病院に搬送されています。」
「それが何なんだ?」
「襲撃の真っ只中で、転移を使って送ったんですよ。そんな事が出来る
天恵と言えば【共転移】しかない。しかも、事前に病院に電話連絡まで
していたそうです。」
「はあ?」
皆が等しく、眉をひそめた。
「何だそれ。要するに人助けか。」
「あの現場にいたって事?」
「電話での連絡って、それも自分でしてたって事なのか?」
様々な見解が飛び交う中で、じっと報告書を凝視している者が一人。
それはシュリオだった。
「どうしたの?」
「いや…」
リマスの問いに曖昧に答えた彼は、なおも厳しい顔で考え込む。
情報が入った時は青くなった。
ピアズリム学園と言えば、他ならぬロナンが通っている学校だ。そこに
魔獣が攻めて来たなど、心配するなという方が無理な話である。
だが、どうやらロナンは無事だったらしい。それだけは確認が取れた。
本人とは話せていないものの、まあ大丈夫だったのだろう。
問題はそこではない。
当日、ピアズリム学園では文化祭が開催されていた。あれだけの規模の
学校であれば、学外の業者も数多く出店していたのは想像に難くない。
もしかすると、そんな中に襲撃犯が潜んでいるかも知れない。そう考え
学園の教務部にその日の来訪者名簿を提出してもらったのである。
その中に、気になる名前がひとつ。
間際の申請だったらしいから、余計に目に留まったのかも知れない。
「喫茶オラクレールの移動店舗」と書かれていた。これは間違いなく、
あのトランさんたちが経営している店に違いない。そうだとすれば、
移動店舗って何なんだろうか。
もしかすると、事件に関わっているかも知れない。
あるいはモリエナの事に関しても、何か知っているかも知れない。
確認すべきか否か。
シュリオは独り、決めかねていた。