尋問の時
「う…」
「お目覚めですか。」
開いた目の焦点が合ったと同時に、女性は己の状況を察した。
暗い部屋。
椅子に縛られ、身動きできない体。
無機質なテーブル。
対面に座る、見覚えのある男。
そしてその背後の影に立つ、二人の人間。
捕らわれたのか。
目の前に座っている男は、最初からそのつもりで訪ねてきたのか。
だとすれば…
「…誰です、あなたたちは?」
「まあ、それは今は伏せます。」
予想通りの答えだったのか、女性は特に激昂する様子もなかった。
そんな彼女の顔を見据えた男性は、ほんの少し声を低くする。
「逆に問います。なぜ自分がこんな事になっているか、分かります?」
「…………………………」
「答える気はありませんか。」
女性の沈黙もまた、男性にとっては予想の範疇だったのだろう。口調を
変えることなく、男性は手元にある書類を1枚繰った。
「では、とりあえず聞いて下さい。我々なりに調べた事です。」
「…………………………」
「あなたは自分を名ばかりの神託師だと言った。実際、ロンデルンの
特殊登録課にもそういう形で申請が成されていました。その後、特に
更新された気配もありません。」
「だから何です?」
そこで女性が口を挟む。
「私が名ばかりの神託師だという事が、こんな目に遭う理由ですか。
天恵宣告の廃れた今のこの時代に、そんな横暴が通りますか?」
「強気ですね。」
煽るような女性に言葉には応じず、男は小さくため息をついた。
「では、ルオナルデ商会はご存じですよね?」
「…………………………」
「ここ数年の間、あなたのところにネラン石を納めていた商会ですよ。
手の込んだ迂回取引でしたが、まあどうにか繋げられました。何しろ、
今では採掘業者は減ってますから。それなりに根気良く調べていけば、
このくらいは分かります。」
粛々と告げられる言葉にも、女性は動じる様子を見せない。しかし、
答えなかったのもまた事実だった。
「名ばかりの神託師には、ネラン石など何の価値もありませんよね。」
「…神託師を名乗る者が、その石を持つ事に何か問題がありますか?」
男の目を真っ向から見返し、女性は噛んで含めるような口調で続ける。
「価値などという尺度で測るのは、それこそ恵神ローナへの冒涜です。
たとえいかなる時代であろうとも、天恵を重んじる心だけは忘れない。
無力な私ではありますが、神託師という名に相応しい者であろうという
気概だけは持っていたんですよ。」
「…なるほど。だから使えなくともネラン石は持っておこう、と?」
「いつ何が起こるのか、分からない時代ですからね。」
「そういう理由ですか…」
繰っていた書類をゆっくりと戻した男性の指が、女性を指し示す。
「では、その買い貯めたネラン石はどこにあるんですか?」
「言えませんね。」
「言えないとは?」
「神託師の気概ですよ。どんな目に遭わされるのだとしても、私には
それを気安く人に話すような真似は出来ません。それこそローナ様への
申し開きが立たない。これでも私は神託師ですから。」
「そうですか…」
「殺すなら殺せばいい。その穢れた手でね。私は受け入れましょう。
あなたたちのその罪を。」
言い放つ女の表情には、決然とした拒絶が浮かんでいた。
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「まあ、別にそこまで構える必要はありませんよ。」
しばしの沈黙ののち。
男は、どこか力の抜けた口調でそう言い放った。
「もしもあなたが天恵宣告のできる神託師だったとしても、その事実を
公言する義務も申請する義務もないのは確かです。しなかったとしても
年金が受け取れないだけですから、そういう選択もアリでしょう。」
「…………………………?」
そこで初めて、女性の顔に訝しげな表情が浮かぶ。相手の言いたい事が
読み取れないという態だった。
「恵神ローナの言葉を借りるなら、神託師にとっての絶対の禁忌とは
偽りの天恵宣告をする事です。逆に言えば、それさえしなければ天恵の
宣告に罪などありません。たとえ、どんな立場であろうともね。」
「どういう意味です?」
「ハッキリ言うなら、あなた個人に大して興味はないって事ですよ。」
そう言った男は、あらためて書類の別のページを開いた。
「ネラン石を秘かに手に入れようが名ばかり神託師を騙ろうが、それは
罪に問う事ではない。更に言えば、あなたが天恵宣告をした人間たちが
何をしようとその罪も存在しない。あなたは単に、人が得るべき天恵を
神に替わって授けただけですから。それを断罪する気はありません。」
「だったらどうしてこんな拘束を?…それこそ恵神への冒涜ですよ!」
「それを言うのは筋違いでしょ。」
一瞬の沈黙ののち。
無言で壁の際に立っていた女性が、初めてそんな言葉を発した。
「天恵宣告が罪じゃなくとも、今のロナモロス教に関与している時点で
危険人物には違いない。だったら、拘束ぐらい当然じゃないの?」
「…………………何だと?それは」
「グリンツさん。」
男の声に、「グリンツ」と呼ばれた女はハッと視線を向けた。その先に
掲げられたのは、あの部屋にあった古びた人形だった。
「娘さんのものですよね。」
「…そうだが。」
「間違いありませんね?」
「ない。」
「大事にされていたんでしょうね。おかげで、香りが残ってました。」
「…香り、だと?」
「そうです。」
そっと人形をテーブルに置いた男の目が、スッと細められた。
「本来は、あなたの素性を探るのが目的だった。それは本当です。」
「………………?」
「しかしこれが、もうひとつの事実をもたらしてくれた。無視できない
重要な事実をね。」
「…何ですか、それは。」
「娘さんが、王宮における教皇女の殺害に関与している可能性です。」
「はっ!?」
「娘さんの天恵は【共転移】。あの夜、教皇女の在所に出現した女性と
同じ残り香です。つまり娘さんは、天恵を使って王宮へと忍び込んだ。
ロナモロス教の危険人物、ゲイズ・マイヤールと一緒にね。」
「……………………ッ!!」
男―ナガト・ジルエが、粛々とした声で問い掛けた。
「モリエナ・パルミーゼ。あなたの娘はどこにいるんです?」