そして南を目指す
「それじゃ、俺たちはこれで。」
「お気をつけてね。」
もう、くどくどと挨拶は述べない。セルバスさんも同じだった。
この人は、どこまでも聡明だ。
領主夫人という立場にありながら、いつも物事を現実的に捉えている。
だからこそシュリオさんも、単なる変人の扱いのまま終わらなかった。
能天気に見えていて、実は誰よりも世の中をきっちりと見据えている。
俺たちが、単に目新しい事をしようと考えたわけじゃないという事も。
シュリオさんたち騎士隊が、かなりヤバい問題に直面している事も。
そして、預かったマルコシム聖教の教皇女にどう接するべきなのかも。
この人なりに、現実的な最善を模索しているのは十分に分かる。
それを踏まえて今、俺たちと詳しくあれこれ語るべきじゃない事も。
はっきり口にしなくとも、その辺を察してくれるのはありがたい。
「また来て下さいね。」
「必ず。」
それだけはしっかり断言した。
色々と片付いたら、きっとゆっくりお邪魔します。
それまでは、お元気で。
================================
午後からになったけど、迷う事なくイデナスの街を発った。
正直、今はこの街にあまり関わりを持たない方がいいと思ったからだ。
教皇女がいる、という事も含めて。
「じゃあ、とにかく南下ね。」
「ああ。」
ハンドルを握りつつ、俺はローナの問いに迷わず答える。
ピアズリム学園の事。ウルスケスの事。そして、教皇女から聞いた話。
それらをモリエナの意見も踏まえて検証した結果、もうネイルたちが
国外に出たであろう事は確信した。だったら、俺たちも海を渡ろう。
モリエナはこれまで、ロナモロス教の幹部連中の移動を担当していた。
彼女の天恵の特性上、先に目的地に行って記憶しておく必要がある。
【共転送】との合わせ技も含めて、かなりあちこちへと赴いたらしい。
つまり彼女なら、これからネイルが行きそうな国へもすぐに向かえる。
何なら、先回りさえ出来るだろう。
しかし現状、その手段は使えない。
いくら何でも、彼女独りでネイルや他の幹部と相対するのは無理だ。
事実上の裏切り者である以上、問答無用で殺されても不思議じゃない。
いくら容姿が変わっているは言え、それはあまりにもリスクが高い。
そして彼女は、タカネと共転移する事が出来ない。もしそれをやると、
精神がおかしくなる可能性がある。仮にその点を克服できたとしても、
彼女とタカネだけでは問題解決にはかなり遠い。
いずれにせよ、そういった方法だとどうしてもリスクが大きくなる。
そしてそもそも、身ひとつで外国にいくのはかなり無茶だ。モリエナが
行ける場所には限りがあるし、その場所にネイルがいる可能性は低い。
現地での常識的な移動手段は絶対に必要になるのである。
大体、転移で行けばそれは密入国になる。余計なリスクを背負う。
たとえ手間がかかろうが、俺たちはこの方法で追うしかないって事だ。
ま、仕方ない。
================================
「だけど、実際どこを目指すの?」
助手席のネミルが疑問を口にした。
「外国と言っても、ある程度狙いを絞らないと無駄足が凄いよ。」
「だよなあ…」
そこはまったく同感だ。そもそも、俺たちはあんまり渡航経験がない。
商売柄、旅行の機会が少ないのだ。別にそんなに好きでもなかったし。
そういう人間が、あてどなく世界をウロウロするのはかなりキツイ。
出来れば、決め打ちといきたい。
「ま、そこはもう少し考えよう。」
あくまでもローナは気楽だった。
「どっちみち、近場の港でも南へのルートは変わらないでしょ?」
「そりゃそうだけど。」
「ならいっそ、最南端まで行くのも手でしょ。」
「イグリセを縦断する気かよ…」
『いざとなったらあたしが飛ばす。まあ心配しないでいいわよ。』
心配だよ。
ってか「飛ばす」ってどういう意味なんだよ。訊くのが怖いよ。
…ちょっと面白そうでもあるけど。
「まあ、そこまで南下する気なら、ロンデルンに寄るのも手だな。」
「どうすんの?」
「向こうには、シュリオさんたちがいる。情報交換も悪くないだろ。」
「騎士隊に会うの?」
問うネミルは、少し心配顔だった。
「それ大丈夫かな。ゲイズの時も、匿名の通報とかしたでしょ?もし、
あれがあたしたちだとバレたら…」
「どっちみち、多分マルニフィートたちもロナモロス教を追ってるよ。
もし先んじられたら、ネイルを店に連行するのが限りなく難しくなる。
危ない橋を渡る事になるとしても、あっちの情勢は掴みたいなあ。」
「…………………………」
俺もネミルも、返す言葉に窮した。
確かにローナの言う事も一理ある。俺たちは別にマルニフィート陛下と
敵対してるってわけじゃないけど、最終目標がネイルの捕捉だとすれば
被る可能性は否定できない。それはつまり、競争相手という事になる。
もちろんロナモロス教の凶行を阻止する事への協力は惜しまないけど、
だからと言って取り込まれてしまうのも都合が悪いだろう。
それにしても、俺たちが当たり前のように直面してるのは、女王陛下と
恵神との腹の探り合いだ。ハッキリ言って、無闇に踏み込みたくない。
今さら何言ってんだって話だけど、おっかないのは事実だから。
『ま、とにかく行きましょう。』
タカネがそんな事を言ってきた。
彼女も大概にマイペースと言うか、我が道を行くタイプだよなあ。
『向こうだってこっちだって、別にバカじゃない。意味もなく敵対する
展開にはならないだろうし、意外と落とし処は見つかるかもしれない。
ダメなら【魔王】で何とかしよう。それでいいでしょ?』
「ダメならの仮定が怖いよ。」
そう言いつつ、俺は思わず笑った。
まあ、そのくらいの気構えで臨んだ方がいいに決まってる。少なくとも
俺たちは、女王陛下も恵神も知っている立場なんだからな。
まったく、とんでもない事になったもんだよなあ。
嘆いていても仕方ない。前を向く。
とにかく今は、南を目指そう。