セルバスさんとの再会
翌朝。
すぐ出立するという選択肢もあったけど、あえて俺たちは留まった。
そして、駅前広場で通勤の人相手にささやかに店を開いた。忙しいから
素通りされるかもと思ったものの、意外と繁盛した。まあ、半分以上は
物珍しさがあったんだろうけど。
同じ広場の売店で、新聞を買った。さすがにピアズリム学園襲撃の件は
でかでかと記事になっている。まあここからも、割と近いからな。
「重軽傷者合わせて291人。で、死者が1人か。」
「酷いね。」
「やっぱり、あのキャンパス全域が同時に襲われてたみたいね。」
『あたしの事は書いてある?』
「……いや、ないな。襲撃してきた怪物は同士討ちで全滅したってさ。
まあ混乱してたし、正確な目撃談がどれかも判らないだろうしな。」
『よかったとしておきましょう。』
「ああ。」
タカネが変身した…確かグゾントと言ってたか。魔者を一掃したあれは
さすがに記事には出てきていない。もちろんタカネ本人も、本来の姿で
戦うリスクを避けての選択だったのだろう。これも結果オーライだ。
いずれにせよ、大事件である。
俺は俺に出来る限りの事をしたが、それで大局を変えたわけじゃない。
被害から考えれば、後悔や無力感に苛まれてもおかしくないだろう。
だけど、そういうのはもういい。
俺たちは神は目指さない。救世主になろうという気もない。だからこそ
いちいち引きずらず、本当の目的に向かって突き進む。
誰にも文句は言わせない。
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午前の客があらかた掃け、ひと段落となった頃。
「あっ、見つけた!!」
聞き覚えのある懐かしい声が響き、俺とネミルは同時に向き直った。
パタパタとあわただしく駆け寄ってきたのは、予想通りの人物だった。
「よかったまだ居てくれて!」
「お久し振りですセルバスさん。」
「お元気でした?」
「ひとこと言って下さいよぉ!!」
顔をくしゃくしゃにして笑うこの人は、セルバス・ガンナーさんだ。
息子のシュリオさんがおかしな感じになっていた時は、ずっと従者を
演じていた愉快なお母さんである。
…実際に会うのは、あの時以来か。
お元気そうで何よりです。
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どうすべきか、昨夜は少し迷った。
教皇女とアースロを保護したのは、確かにかなり稀有な偶然だった。
彼らがガンナーの家に厄介になっていたからこそ、窮地を打開できた。
諸々含めて、セルバスさんにひと言挨拶するというのも考えた。
だけど今、俺たちの状況も限りなくキナ臭い。キッチンカーなとどいう
愉快なファクターに覆ってるけど、目的を見れば穏やかには行かない。
昨日のアレは突発事項だとしても、この先も危険はつきものだろう。
なら、あまり巻き込むような真似はしない方がいいとも考えたのだ。
「でもねえ…」
食い下がるネミルの言葉も、十分に理解できる。いや俺も同感だから。
ここまで来て素通りって、あまりに素っ気ないし寂しいだろうがと。
考えた末、教皇女たちに託した。
もし今日の事を訊かれたら、俺たちの名を出してもいい。明日の昼まで
この街に留まる予定だ…という事も言っていい。そう伝えたのである。
昨夜尋ねたら、絶対に泊まる流れになっていただろう。それはマズい。
突っ込んだ話になってしまったら、シュリオさんに申し訳が立たない。
あの人だって危険な任務に就く事が多いんだから、実家の心配事などは
教皇女だけでいいだろう。
そんなこんなで、俺たちはこの街に留まった。もちろん午後になれば、
次の目的地目指して出発するつもりでいた。まあ実質的に、それまでは
セルバスさんを待つつもりだった。
結果はこの通りである。
相手任せという、いささか無責任な選択をしてしまったのは確かだ。
だからこそ、ちゃんと責任を持って言葉を選ばないとな。
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「ポロニヤさんたち二人を、助けてくれたんですってね。」
「ええ、まあ。まったくの偶然ではありましたけどね。」
「ありがとね。」
そう言って、セルバスさんは俺たち二人の手をしっかりと握った。
…何かこういうの、ずいぶん前にも一度経験したな。確か女王陛下の…
まあいいや。
「シュリオさん、お元気ですか?」
「おかげさまで。」
パッと手を離したセルバスさんは、そう言いつつちょっと苦笑する。
うん、何だろうか?
「騎士になれたのはいいけど、今はかなり厳しい状況らしくてね。」
「聞いたんですか。」
「いいえ。あの子は仕事の内容には絶対に言及しなかった。…だけど、
まあ察する事は出来るわけよ。」
「でしょうね。」
「しかもあの子の紹介でマルコシム聖教の教皇女が訪ねて来るなんて、
以前の騎士ごっこを考えれば本当に隔世の感があるわね。」
「確かに…」
思わず言葉に実感がこもった。俺もネミルもセルバスさんも。
あの頃を思えば、本当に今は色々と変わってきてるんだよな確かに。
良いのか悪いのかは考えないけど。
ちなみにローナは、他人の振りだ。俺たち的にもその方がありがたい。
店を始めて、本当に最初の頃に来てくれた印象深いお客さんだからな。
「それで、今はどちらに?」
「ロンデルンです。ポロニヤさんの様子を見に戻ってきてはいたけど、
その時も何だか事件があったみたいでね。一緒に来た女性の騎士さんが
大あわてで調査してらしたっけ。」
「ああ…なるほど。」
それ間違いなく、モリエナが教団を抜けた時の事だな。
病院でタカネがゲイズ・マイヤールを倒し、遺体を騎士隊に託すために
匿名の情報として伝えたんだった。そう、あの時は予想よりずっと早く
リマスさんが検分しに現れたから、正直驚いたっけ。確かあの病院って
このイデナスにあったんだっけ。
…夜だったから、オラクモービルに転移してきたモリエナはその事には
気付かなかったのか。
それにしても、知らない所で色々と繋がってくるものなんだな。
少なくとも今日、セルバスさんから聞かなければ想像もしなかった。
悪くない事だと、そう信じたい。