共転移と共転送
「ウルスケスに遭ったんですか。」
「ええ。」
モリエナの問いに答えたローナは、小さく肩をすくめた。
「今日の襲撃は間違いなくあの子の仕業よ。本人が認めたからね。」
「って事は、正気に戻ったんですね彼女。あたしが最後に見た時には、
完全に自分が誰かも判らないような状態でしたけど。」
「まあ、一線を超えた結果なのかも知れないけどね。」
「一線…?」
気になる言葉だな。
少なくとも天恵に関する表現なのは分かるけど、超えるとどうなるのか
想像するのが怖い。…とりあえず、いま触れるのはやめとこう。
「それで?」
「さっきも言ったけど、ロナモロスを抜けたんだってさ。つい最近。」
「…そうなんですね。」
やっぱり、同じ話でも俺たちが聞くのとは意味が大きく違うんだろう。
モリエナの表情は厳しかった。
「つまり、今日のピアズリム襲撃はロナモロスとは無関係って事?」
「あの口振りから考えて、そうだと断定していいと思うよ。」
ネミルの質問に対するローナの答えには、迷いの響きはなかった。
「どんな形で抜けたかは知らない。だけど、あの女をつついたとしても
多分ネイルには繋がらないと思う。切り替えた方がいい。」
「分かった。」
俺もあえて即答する。
かなり大事件だったけど、俺たちが事後処理をするってのは何か違う。
そしてこれがウルスケスの「復讐」なのだとすれば、なおさら俺たちの
出る幕はない。悪いけど、そこまで因縁の薄い事件には関わらない。
「それと彼女、ネイルたちは外国に行くだろうと言ってた。具体的な
国までは見当つかないみたいだったけど、あたしも異論はない。」
『やっぱりそうなんだ。』
そう言ったのはタカネだ。
『まあそんな大きな国じゃないし、女王も怖いだろうからね。』
「怖い、って…」
身も蓋もない表現だけれど、確かにマルニフィート陛下は怖いだろう。
教皇女の偽者を差し向けたって事はもう露見してるらしいし、そこから
不信が拡散するのは避けられない。自業自得とはまさにこの事だろう。
加えてゲイズの死とモリエナたちの離反は、組織崩壊の原因になっても
決して不思議じゃない。だとすればもう、一刻も早くこのイグリセから
出ていく必要があるって事だ。
予想は出来る話だったけど、今日のローナの見立てで確信が持てた。
いよいよ渡航か。まあ腹を括ろう。
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「ところで…」
ガンナー邸の方角を見やりながら、ネミルがあらためて言った。
「マルコシム聖教の教皇女がここにいるって事に関しては、少なからず
心当たりがあるのよね?」
「はい。」
モリエナの即答には、迷いがない。こっちも腹を括ったんだろうな。
今まで詳しく訊いてなかったけど、今回ばかりはその顛末も重要だ。
「聖都グレニカンを陥落させたのはネイルたちです。…今さらですが、
あたしもそれに関わりました。」
「つまり、共転移を使ってよね。」
「そうです。」
「でも、あなたが一緒に転移できる容量って人ひとり分くらいでしょ?
いくら何でもそれじゃ…」
「だから、【共転送】の天恵を持つカイ・メズメが重要なんですよ。」
ネミルの問いを遮ったモリエナは、右腕をグッと無理やり握り締めた。
その痛みの中に、過去を見出そうとするかのように。
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カイ・メズメに関しては、以前にもざっくりと概要を聞いた事がある。
モリエナとは似て異なる【共転送】という天恵の持ち主らしい。
彼とモリエナで、マルコシム聖教を蹂躙する手はずを整えたんだとか。
いわく、どちらの能力にも決定的に足りていない部分がある。
例えばモリエナには、自分が行った事のない場所に転移出来ないという
制限がある。対してカイにはそれがない。「受け手」に指定した人物が
現地にいれば、それがどこだろうと自由に人や物を転送できるらしい。
その一方、カイには自分自身を転送する能力がない。要は送りっ放し。
どこかを奇襲するための戦力を送る作戦では、これは致命的な欠点だ。
いくら奇襲が成功しても、まともに撤収できなければ意味がない。
だからこそのモリエナだ。
要するに、戦力と共に彼女も現地に送る。もちろん戦闘要員ではない。
一度送れば、モリエナはもう自由にそこに行ける。なのでいったん戻り
今度はカイを共転移で現地に連れて行けばいい。受け手を先に戻せば、
送り込んだ時とは逆の事ができる。つまり、跡形もなく撤収ができる。
「なるほど、本当によくできた連携だったんだな。」
「聖都の時も、あたしは制圧作戦が終わってから送られました。完全に
後片付け専門要員だったんです。」
「それで、その時に教皇女だけ脱出していたって事なのね。」
「はい。」
そこでモリエナは、唇を噛んだ。
「いないと体裁が整わない。だから【変身】の天恵を持つミズレリが、
偽者として収まったんです。正直、大丈夫なのかと思ってましたが。」
「結果的に大丈夫ではなかった、という事か。」
そう言いつつ、俺は思わずため息をついてしまった。
そのミズレリという奴は、さぞかし見事に教皇女を演じてたんだろう。
マルニフィート陛下に謁見したんだと考えれば、相当な胆力である。
だけど、その直前に本物の教皇女とポーニーが介入した。結果として
ミズレリは捕らえられ、秘密露呈を防ぐためにゲイズの手で殺された。
今さら確認はしないけど、その時も【共転送】でモリエナとゲイズを
捕らわれたミズレリの許へ送った…という事なんだろうな。
…つくづく、モリエナはあれこれと加担している。便利だからと言えば
それまでだけど、その度に共転移の相手の記憶を覗いていたとすれば、
嫌になるのは無理もない。むしろ、よく正気でいられたなとさえ思う。
ともあれ、現在のロナモロス教には【共転移】がいない。つまり完全な
片手落ちだ。今までのような奇襲も撤収もできなくなった、って事か。
ただし、カイ・メズメがまだいる。モリエナいわく、彼がロナモロスを
見限る事は多分ないらしい。なら、今も何らかの形で教団の逃亡のため
その天恵を使ってるんだろうな。
状況は五分五分、と言うべきか。
いや、それは少し楽観が過ぎるか。
モリエナがこちら側に付いた事で、色々な情報は得た。彼女の天恵も、
ハッキリ言って大助かりである。
とは言え、彼女にもあれやこれやと制限がある。今後ネイルを追う際も
無闇に頼る訳には行かないだろう。そこはしっかり肝に銘じないと。
さて、じゃあどうすべきだろうか。