ランドレの目的と
何が一番驚くかって、やっぱり自分自身だろう。
こんなとんでもない事態になってるというのに、落ち着いてる自分に。
鞄の中に爆弾?何それ。
あたしだけは留まれって、何でよ?
判らない事だらけだけど、怖いとはほとんど思ってない自分がいる。
客観的に見ると、それが何より理解し難いかも知れない。
だけど、理由はハッキリ分かる。
傍にトランがいるからだ。
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「私の両親は、私が幼い頃に事故で亡くなりました。」
座り直したランドレは、問題の鞄に手を置いてそう言った。
…思ったより根が深い話みたいだ。ニロアナさんの天恵では、この子の
心がほとんど読み取れない。理由は分からないけど、だったら本人から
聴くしかない。トランはどこまでも喧嘩腰だけど、当のランドレは特に
気にする様子もなく続ける。
「育ててくれたのは叔父夫婦です。ねえ伯父さん?」
「…あ、ああ。」
水を向けられた伯父のペイズドさんは、何とも曖昧な言葉を返す。
まあこの状況で、にこやかな昔語りなんかに乗れるわけがないだろう。
…で?
「数年前に亡くなった祖父は相当な資産家でした。…遺された財産も、
ちょっと想像を超える規模です。」
「ランドレ!…いくら何でもそんな話を、知らない人たちの前で」
「すみませんが、あなたはちょっと黙ってて下さい。」
「……………ッ!」
不都合な話なのか、ペイズドさんはランドレの語りを遮ろうとした。
しかしトランのひと言で押し黙る。そう、あたしも黙っていて欲しい。
そんなやり取りには目もくれずに、ランドレは淡々と続ける。
「長子の娘なので、私には相続権があります。…ただし大前提として、
法定の年齢に達しているという事が求められますが。」
「法定の年齢?それって確か…」
「15歳です。」
あたしの呟きに応えるような形で、その事実は告げられた。
「15歳になった時、私には祖父の遺産を継ぐ権利が生じるんです。」
「なるほどな。」
そう言ってトランが頷く。あたしも同じように腑に落ちた。なるほど、
15歳ね。つまり…
「明日が私の誕生日です。その時、公的保証人の立会いの下であなたに
「天恵」を宣告して頂きたい。私がここに来た目的はそれだけです。」
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どこで聞いたのかは知らないけど、やっぱり最初から知ってたんだ。
あたしが神託師であり、このお店で天恵宣告をしているという事実を。
…だからって、どうしてこんな事をやらかしたんだろうか。
「つまり相続の権利を獲得すれば、ある程度の身の安全は得られるって
話なのか?」
「ええ、その通り。」
やはり抑揚のない声でトランからの問いに答え、ランドレは指先で鞄を
そっと撫でる。控え目に言っても、かなり不気味な仕草だった。
「遺産云々より、私はまだ死にたくありません。15歳になる前ならば
殺されても大ごとにならない。が、「明日以降」の道は全く見えない。
だからここで、確たる証明を得たいと思った次第ですよ。」
やっとランドレの目的が見えた。
と同時に、何故この店に来たのかもほぼ腑に落ちた。おそらく彼女には
天恵の内容は何でもいいんだろう。大切なのはそれを得たという事実。
昔から、天恵は「15歳になった」という事実の最大の証になり得る。
それにしても「死にたくない」とは何とも物騒だ。
両親がいない事、お爺さんの遺した遺産が莫大だという事。それらが、
強迫観念になったのか。それとも、実際にその危険があるんだろうか。
あたしがお爺ちゃんから継いだものは、そこまで厄介じゃなかった……
ってよく考えたら、今のこの状況を呼び込んだのもその遺産だった。
厄介と言えば厄介かなあ。
何と言うか、今のあたしは危機への緊張感が乏しい。すぐそこに爆弾が
あるってのに、何を呑気な事ばかり考えているんだか。
ともあれ、事情はおよそ分かった。
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「つまり、明日までここに籠城して恵神からの天恵を待つ気なのか。」
「そうです。食べ物も飲み物もある場所ですし、好都合かなと。」
「お前、本当に正気かよ?」
「どうでしょうねえ。」
相変わらずのらりくらりとした態度を続けるランドレに対し、トランは
遠慮のない不信感をぶつけ続ける。もちろんそれは、相手からの悪意を
引き出し「魔王」を発現するための行為だ。…でなきゃ怖過ぎるって。
おそらくこの後、彼女は公的保証人をここに呼ばせるつもりだろう。
あたしが天恵を宣告する場面をその保証人が見届ければ、何より確実な
年齢証明となる。
だけど、まだ謎は残っている。
いくら15歳になったという証明が出来たとしても、今やっている事は
紛れもない犯罪だ。爆弾が本物ならとんでもない重罪にもなり得る。
そんな罪を背負った状態で、遺産の相続なんて許されるんだろうか。
目的と手段のバランスが、あまりに悪過ぎる気がする。
そして何より。
どうして彼女は、トランの「魔王」にここまで抗う事が出来るのか。
年齢的に見ても、この異常な状況で保つ平常心の度が過ぎている。
ハッキリ言って、現在に至るトランの態度は想定外の極みだろう。
爆弾を持ち込んだ本人にとっては、狂気の沙汰とも思えそうな無礼だ。
それを目の当たりにして、ここまで感情が動かないのは絶対おかしい。
…って言うか、ペイズドさんの方がまだまともな精神だとさえ思える。
彼はずっと何も言ってない。それは自分の意志で黙っているのではなく
「黙らされている」からだ。さっきトランが「黙ってろ」と言った際、
彼は「魔王」の支配を受けた。目の動かし方を見れば、すぐに判る。
つまり、直接暴言を吐かれていない彼でさえ、もう既にトランに悪意を
抱いているって事だ。…理由は他にあるかも知れないけれど、とにかく
まともな人間なら絶対にそうなる。人の悪意ってのはそういうものだ。
もちろんトランも分かってる。
目的が見えても、まだ事態の全容を知るには遠い。
予断を許さない状況は、相変わらずだった。