モリエナの告白
「本当にありがとうございました。いつか…」
「いえいえ、お気をつけて。」
くどくどと礼を述べる教皇女たちを急かし、ガンナー邸へ帰らせた。
セルバスさんには会わないと決めた以上、もうあまり長居はしない方が
いいだろう。そんな事を考えつつ、控えめに手を振って二人を見送る。
今日起こった事を考えれば、無事に帰れたのは何よりの僥倖だろう。
セルバスさんが事件を知っているかどうかは分からないが、今日の事を
訊かれたら俺たちの名前は出してもいいと言っておいた。少なくとも、
いくらかの不安解消になるはずだ。…何と言うか、あの人の子供には
色々と関わりが深いから。
ともあれ、無事に送り届けられた。
まずはひと安心だ。
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「お待たせしましたー!」
俺たちがオラクモービルに戻るのを見計らったかのように、モリエナが
ひょっこりと顔を見せた。…いや、見せる顔が前と違うから、毎回少し
ぎょっとする。いい加減慣れないとリアクションが失礼だよな。
「悪いなわざわざ。」
「大丈夫かなと思ってたんですよ。主にペイズドさんが。」
「…お恥ずかしい。」
「というわけで、こちらです。」
笑いながらモリエナが示したのは、ガソリンの容器だった。店で買って
ここまで共転移で持ってきてくれた代物だ。…そうか、ペイズドさんは
しっかりガス欠を懸念してたのか。
やっぱり大人は違うなあ…などと、妙に感心している自分が情けない。
ガス欠でも動くという、規格外設定に甘え過ぎてるぞ俺たち。もう少し
危機感ってものを持て。
ともあれ、結果オーライである。
共転移を三回繰り返し、モリエナは食材の補充分も持ってきてくれた。
今日よりむしろ昨日の消費がかなり多かったから、地味に助かる。
明日はこの街で店を出そうかなと、そんな事を考えていた矢先。
「…教皇女はどうなりました?」
あらたまった声で問うモリエナが、俺たちの顔を交互に見比べる。
あれ、もう言ってたっけか?今日、あの場に「教皇女がいた」って事。
少なくとも、怪我人搬送のゴタゴタの中で、話す余裕はなかったけど。
ポーニーに聞いてたって事かな。
「何で知ってるの?」
あれ、言ってないのかポーニーは。って事は…
「あ。」
そこでようやく思い出した。傍らのネミルも思い当たったらしい。
ロナモロス教と決別する前、彼女が何をしていたかを。
短い沈黙ののち。
「じゃあ、あたしは先に戻ります。明日の仕込みとかもあるんで。」
「え?…ああ分かった。今日は色々ありがとな。」
「いえいえ。それじゃ!」
シュン!
手短な挨拶を済ませたポーニーが、一瞬で消える。店に戻ったらしい。
…何と言うか、彼女なりにそこそこ気を利かせてくれたんだろうな。
と、次の瞬間。
シュン!
「よっ。」
ポーニーと入れ違いになる格好で、ローナが戻ってきた。いや、実際に
ポーニーが戻るのを待ってたのかも知れない。色々話す事があるから。
ここまで来た、今だからこそ。
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さすがに、夜ともなれば冷える。
全員でオラクモービルに乗り込み、とりあえずガンナー邸から離れた。
国道の脇の小さな空き地に停車し、あらためて俺もコンテナに移る。
中はかなり暖かい。生物的な措置でタカネが内部温度を維持している。
つくづくこの車、変な意味でかなり乗り心地がいいんだよなあ。
それはさておき。
「…けっこう遠くまで来たな。」
自分で思った以上に、言葉に実感がこもった。実際、正直な気持ちだ。
オトノやピアズリム学園は、過去に出向いた事のある場所だった。
店を発ってからこっち、それなりにこの生活にも慣れてきた感がある。
不自由も多いけど、それでも商売は楽しい。…今日は大変だったが。
だけどやっぱり、知ってる近場への出向では、まだ実感がなかった。
ガソリンが尽きるほどの地へ来て、初めて本当に「遠い」と実感した。
ホームシックとは全然違う。むしろやっと本当の実感が湧いた感慨だ。
ネイル・コールデンを追いかけて、地の果てまで行くという現実への。
…いや、それは大げさかな。
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「あの…ちょっといいですか。」
遠慮がちに言ったのはモリエナだ。
「本当にあの人、教皇女ポロニヤで間違いないんですか?」
「ああ。ポーニーも言ってたよ。」
「………………やっぱり。」
頷いた彼女の次の言葉を、俺たちはあえて待った。
しばしの沈黙ののち。
「ご無事だったんですね。」
「無事と言うと、やっぱり君は…」
「ええ。」
吹っ切れたように、モリエナの声は強さを取り戻した。
「天恵を使って彼女に化けていた、ミズレリ・テート。彼女の死を、
この目で見届けましたから。」
「やっぱりそうなのか。」
「誰が殺したの?その偽教皇女。」
「ゲイズです。」
『やっぱりね。』
顕現していないタカネが言った。
『そういうのはあの女の役割か。』
「全てではありませんでしたけど、確かにそうです。そこはこれから、
どうなるのか見当もつきません。」
「でしょうね。」
ローナはゲイズ・マイヤールという人間を、実際に会って知っている。
タカネに至っては、ゲイズと戦って倒した張本人である。
こんな形でその名前が出てくれば、色んな意味でざわつくんだろうな。
もちろん今日、思いがけない偶然で教皇女に遭遇したモリエナの方が
衝撃は大きかったろう。ある意味、死者がいたようなものだから。
だったら今、話すべき事はひとつ。
今日という厳しい日を乗り越えた今だからこそ、具体的に決めたい。
それぞれが今日、それぞれの立場で様々な情報を得た。それを踏まえ、
あらためてきっちり決めよう。
ここから、どこを目指すのかを。