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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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今の俺たちの選択

『トラン。』

「いッ!?」


いきなり耳元で声がして、ビクッと肩を竦めてしまった。


「ど、どうされました!?」

「いや何でもないです。」


心配げな教皇女たちに曖昧な言葉を返し、どうにか体裁を保つ。

声の主は言うまでもなくタカネだ。あの触手を細く伸ばし、死角から

俺の耳元まで寄せていたらしい。


「何だよ。」


出来るだけ抑えた声で問う。それに対し、更に小さな声が返って来た。


『交通量が増えてきた。イデナスに近づいたからだと思う。』

「それが?」

『そろそろ運転席に戻って。』

「何でだよ。」

『対向車から見たら、今のこの車はホラーよ。』

「…………………………」


あ、そうか。


「分かった。」

『急いで。』


「すみません。目的地が近いんで、運転に戻ります。」

「あっ、はい。」

「気をつけて下さいね。」

「どうも…」


そそくさと前部トラックへと戻り、俺は大きなため息をついた。


もうすっかり日は暮れて、タカネの言った通り交通量が増えている。

街が近い証拠だろう。何と言うか、本当に今日は激動の一日だった。

とにかく、イデナスに着いたらまず食事を…


「あ。」

『やっと気づいた?』

「…重ね重ね申し訳ない。」

『貸しにしとくからね。』

「了解です…」


車に謝ってる自分が情けない。いや情けないのはもっと根本的な事だ。

ガソリンが空っぽじゃねえかよ。



車任せにも限度がある。


================================


お粗末な成り行きではあるものの、どうにか目指す街に辿り着いた。

過去に来た事はない。でも、ここに関して俺たちはそれなりに詳しい。

ロナンが店に来るたび、あれこれと地元の事を話してくれていたから。

…まさかこんな形で、彼女の同伴もなく訪ねるとは思ってなかった。


さて、どうしたものか。


「あ、あのお屋敷です。」


窓から外を窺っていたアースロが、高台にある大きな屋敷を指した。

なるほど、あそこがシュリオさんの実家って事か。さすがにデカいな。


「じゃあ、お送りしますね。」

「いえいえ!もうここからなら帰る道も分かりますし、適当な場所で

下ろして頂ければいいですよ!」

「…………………………」


色々な意味で迷う。

さすがに、ここで下ろすというのはない。あまりにも片手落ちだろう。

だが、だからといって家まで行けば多分セルバスさんに会う事になる。

あの人の事だから、歓迎してくれるだろう。もう遅い事を考えれば、

泊まっていくよう言われる可能性もある。俺やネミルにとって彼女は、

ある意味で思い出深いお客だから。もちろん、会いたい気持ちもある。


しかし、今のこの状況はあまりにも唐突だ。セルバスさんから見ても、

どうしてそうなったと言いたくなる構図になっている。今日あった事も

含めて、穏やかな語らいで済むとはとても思えない。

それに、セルバスさんは俺とネミルが神託カフェを経営している事まで

知っている。シュリオさんやロナンの事も踏まえると、突っ込んだ話を

せざるを得なくなるだろう。正直、それは今の時点では避けたい。


キッチンカーで巡業とは言っても、俺たちの「目的」はかなり特殊だ。

別に戦争をしに行くつもりはない。だけど戦いは避けられないだろう。

今日の事がウルスケスの独断だったのが事実だとしても、聞く限りでは

ロナモロス教は思った以上にかなりキナ臭い。しかも俺たちのせいで、

割と追い込まれた状態になってる。


やっぱり、巻き込みたくはないな。


「それじゃあ、屋敷の前までお送りしますから。」


このあたりが妥当な判断だろう。

了解してくれよネミル。ローナ。


================================


屋敷まで送る前に、空き地に停車。ガソリン空っぽでよく走るもんだ。

タカネには世話になりっ放しだな。


「今さらですけど、何か作ります。待ってて下さい。」

「え?作るって…ここでですか?」

「こう見えて、キッチンカーです。簡単な料理くらいできますよ。」


そうだ。

ゴタゴタがあったせいで、その事をちょっと忘れそうになっていた。

こんな状況だからこそ、自分たちの原点を見失わないようにしないと。


「ネミル、ポーニー。少し手伝ってくれ。」

「うん。」

「了解です。」

「いいんですか本当に?」

「もちろん。」


恐縮しつつも興味津々な教皇女に、俺はフッと笑みを向けた。


「俺たちの本職ですからね。」

「そうそう。」

「ゆっくり待ってて下さい。」


同じように笑顔で相槌を打つ二人の姿に、俺は自分の言葉の持つ意味を

あらためて実感していた。


確かに今日は、救いなどない惨状を目の当たりにした。そんな俺自身も

決して褒められたモノでない天恵を使い、あれやこれやとごり押した。

正直、そのへんの事は思い出すのもちょっとしんどい。それも事実だ。

同じように、目の前の二人も決して穏やかな道を歩んではいない。


「ロナモロス教と関わった」という事実ひとつで、色々と厳しくなる。

これはもはや、認めざるを得ない。彼女たちも俺たちも同じだ。

信仰の対象であるはずのローナまで巻き込んでいるのは、悪い冗談だ。

今日みたいな事は、これからも必ず起こるんだろう。


だからこそ、一線は守りたい。

たとえその思いがエゴであろうと、流されるまま生きるのは避けたい。

決して普通じゃない事をやっているからこそ、自分たちなりの普通を

簡単には捨て去りたくない。


そう思うからこそ、俺はこんな時も厨房に立つんだよ。

いつかまた、セルバスさんたちにも店に来て欲しいと願う。

今日のところは、この二人を相手に腕を振るおう。

それでいいんだと、俺は信じる。



仰ぎ見れば、満天の星空だった。

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