騒ぎの後で
極限状態は、思いがけないほど己の天恵を研ぎ澄ますものらしい。
未だキャンセリングを維持している状態ながら、周囲の魔者の気配が
ほぼ絶えた事実を肌で感じ取った。つまり、あの金色の獣人に変身した
タカネが駆逐したって事だろうな。何と言うか、さすがの早業だ。
おそらくもう、このキャンパス内に残っている魔者はいないだろう。
そんな事が判ってしまう自分にも、さすがにちょっと怖れを覚える。
「魔」に属する存在を、はっきりと認識できるようになったって事か。
そんな余裕はなかったけど、もしもその気になればかなり遠隔で行動を
操る事も出来そうな気がする。
まさに【魔王】って感じだなコレ。
俺は、どこへ向かっているんだか。
ともあれ、これでひとまずこの混乱は収束に向かうって事だろう。
さすがに、俺もずうっと天恵を使い続けている状況に疲れてきてる。
目的が何だったにせよ、あの魔者がいなくなったならもういいだろう。
「大丈夫だよな?」
『ええ。少なくとも、有視界内にはもう一匹もいないから。』
「よし。」
分体タカネの言葉に、俺はようやくトライアルεを外した。…疲れた!
メガネなんてほぼかけた事がない。慣れない事は本当に疲れるよな。
鮮明過ぎた視界が、覚えあるものに戻った。思わず深いため息をつく。
やっぱり、この方が気が楽だよ。
「お疲れさまトラン。」
「ああ。」
労いの言葉を口に出したネミルが、そこでフッと小さく笑って言った。
「あんまりメガネ似合わないね。」
「分かってるよ!」
ハッキリ言わないでくれよ!
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それはそうと…
「ローナはどこ行ったんだ?」
「呼んだ?」
シュン!
うおっと!
まさに俺が呼び寄せたような絶妙のタイミングで、ローナが戻った。
「どこ行ってたんだよ。」
「元凶に会いに。」
「元凶?」
「…もしかして、ウルスケス?」
「よく分かったわね。」
訝しげなネミルの問いに、ローナはニッと笑って答える。
「やっぱりいたよ彼女。」
「マジかよ…」
思わずそんな声が漏れた。
ある意味、聞きたくない話だった。
…とは言っても、それなりに顛末を聞いておかないと不安が残るよな。
腹を括って聞くしかないな。
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1時間後。
ようやく警察による調査が始まり、俺たちもその場で聴取を受けた。
正直に説明したら、下手すりゃ俺が黒幕にもなりかねなかっただろう。
だけどこういう時、【魔王】は実に便利だ。
俺が第二講堂から連れ戻った連中もオラクモービルの周りの連中も、
ちょっと煽るだけでたちまち術中に墜とす事が出来た。ハッキリ言って
今の俺は、他人を怒らせるって事に関してはちょっとした達人だな。
欠片も誇らしくない話だけど。
ともあれ、皆の口裏を合わせるのはそれでどうにでもなった。
後は、どうやってあの魔者の襲撃を防いでいたかを説明できればいい。
『ま、そんなのはごり押しよ。』
いつの間にか戻ってオラクモービルに融合したタカネが、そう言いつつ
緑色の玉を生成した。手に取ると、想像より重い。そして独特の臭い。
「何だこれ?」
『スロコルベの煙玉。』
「つまり何ですか?」
『火を点けると、刺激性の強い煙が発生するのよ。大抵の魔獣はこれを
忌避する。これを使ったって言えば一応、説明は出来るでしょ?』
「雑だな…」
俺もネミルも呆れ顔だった。
「そんなので大丈夫でしょうか?」
『生物的な威圧だの魔王の天恵だの言う方が、現実離れしてるわよ。』
「それは…確かにそうですけど。」
『それにさ、トラン。』
「…何だよ。」
言われる事の察しはついてるけど、一応訊いておく。
『多少強引でも、あなたの話術なら警察も納得させられるでしょ?』
「……………………」
やっぱりそうなるよな。
身も蓋もない話だが、確かに俺ならそういう形で話を押し通せる。
関係者の口裏を合わせられるなら、聴取くらいどうとでもなるだろう。
そこまで考えられる自分が怖いよ。
本当に、俺はどこに向かうんだか。
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予想通り、俺は聴取を切り抜けた。
もともと悪い事したわけじゃない。と言うか、完全に被害者のはずだ。
たまたま持っていた力で乗り切ったけど、それは本当に結果論だろう。
それらも含めて、妙な疑いを警察に持たれるのは本意ではない。
という事で【魔王】発動。
スロコルベのデタラメ論を、聴取の担当者に刷り込みとして聞かせる。
何とも後ろめたいけど、別に犯罪を隠蔽したわけじゃないと自己弁護。
…まあどうにかなったけど、相手を怒らせるのは本当に心が削れる。
結局、夕方にはオラクモービルごと学外に退去する許可を得られた。
「不思議な事が出来るんですね。」
ロナンもドルナさんも、俺の力にはさすがに目を丸くしていた。
術中に墜ちなかった人からすれば、本当に不思議な能力なんだろうな。
「でも、おかげで助かりました。」
「ご無事で何よりです。」
怖れずにいてくれる二人の言葉が、今の俺には大きな救いだった。
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文化祭は台無しになったので、もう二人ともそれぞれ帰る事になった。
送るという申し出を二人とも丁寧に断り、笑って帰っていった。
残念な日になったけど、これからも引きずらずいてくれれば何よりだ。
もう、後は二人の強さに任せよう。
「さて、と。」
二人を見送った後、残ったのは別の二人。
ロナンに対しては「シュリオさんとポーニーの知り合い」だと説明し、
彼女とシュリオさんの服を着ていた理由を何とか通した。…と言うか、
ロナンが空気を呼んでくれたという方が正しいかも知れない。
いずれにせよ、状況打開に貢献してくれたのは事実だ。それも踏まえて
不問に付す、って事なんだろうな。若いながらも懐が深いよロナンは。
とは言え、俺たちとしてはこのままサヨナラという訳には行かない。
ポーニーと知り合いという点含め、話は聞いておくべきだろう。
つくづくこの学校は、何が起こるか予想がつかないよな。