自分なりの覚悟
分からない。
この女はあたしを認めているのか、それともまともに見ていないのか。
否定されてはいないけれど、肯定もされていない。ここまでの騒動を
起こしたにもかかわらず、あたしを断罪する素振りすら見せない。
ホッとすべきなのだろうか。
それとも怒りを覚えるべきなのか。
あたしには、分からなかった。
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「教団を抜けたなら、ネイルの居所なんて知る訳ないよね。ま、それは
しょうがないか。」
「待って。」
あきらめ顔の女に、あたしは咄嗟にそんな声をかけていた。自分でも、
何を言うべきかを考えてなかった。
ただ、このままこの人と別れるのは何か嫌だった。本当にそれだけだ。
モヤモヤした気持ちを抱えたままでいるのは、どうにも嫌だった。
「ネイルの居場所は知らない。でも何をするかの見当はつく。」
「へえ?じゃあ聞かせてよ。」
「具体的な目的地までは分からないけど、きっと教団幹部は海を渡る。
そして、どこかしらの国に自分たちを売り込もうとすると思う。」
「売り込み?…何を?」
「戦闘能力を。」
即答した瞬間、その想定はあたしの中で確信に変わった。
魔核の代用品が出来たなら、きっとそこからは魔鎧屍兵を創るはずだ。
もはやあたしの力添えなしでも稼働させられる。あの機動兵器を。
「何人かの人間が抜けた事で、今の教団は拠り所を失っている。」
「でしょうね。」
「その一方で、あたしと同じように天恵ありきで加入させた者がいる。
きっとこの後も、有用な天恵を持つ者を引き込もうともするはず。」
もちろん、誰かから聞いたってわけじゃない。あたしという人間は、
天恵以外を何ひとつ求められない。そういう存在だったから。
だからこそ、見えるものもある。
あたしだからこそ、知る事もある。
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「なるほど、魔鎧屍兵…ね。」
「知ってるの?」
「覗き見た事がある。」
「…………………………」
どっちとも取れそうなその言葉に、あたしはちょっと黙った。
魔鎧屍兵を「覗き見た事がある」?
それは一体、どういう意味なのか。
マッケナー先生たちが建造している様子を、どこかで盗み見たのか。
それとも。
あれがあるべき「本来の世界」を、何らかの方法で覗いたという事か。
どちらを選ぶかで、その言葉の意味はまったく変わってくる。
あたしが正気を失う前。
マッケナー先生は、魔鎧屍兵というものに関してはそこそこ具体的に
説明してくれていた。あの時はまだあたしの魔核ありきだったからだ。
何のために魔核が必要なのか、その点を理解させようとしていた。
もちろん、あたしを信頼しての判断じゃないだろう。それはもういい。
どちらかと言うと、話しても問題にならない…と考えたからだ。
あれは、異世界からもたらされた。それはもう間違いない。他でもない
ネイル・コールデンが、その概念を自分の天恵で具現化させたらしい。
それを実際に形にしたのは、他でもないマッケナー先生だった。
そんな特異な経緯など、仮に誰かに話しても信じてもらえる訳がない。
【偉大なる架け橋】というネイルの天恵を知らなければ、夢物語だ。
少なくともあたしは、先生からその点に関する説明までは受けていた。
話しても構わないと、先生が考えたのは不思議でも何でもない。
そのくらい、魔鎧屍兵という存在は特異なのである。
なら、目の前のこの女は…
考えれば考えるほど、彼女の実体は掴みどころが無くなってくる。
もしも本当に異世界を覗き見た事があるなら、それはネイルに匹敵する
稀有な能力だ。彼女がネイルを探す理由も、それだけ特異になる。
でも、それを訊く気にはなれない。
いや、むしろ訊くのが恐ろしい。
彼女が何なのか。
あの獣人とどんな関係なのか。
何が出来るのか。
何を知っているのか。
そして、なぜネイルを探すのか。
疑問は尽きないけれど。
そのどれもが、どこか恐ろしい。
いつ以来だろうか。
誰かを恐ろしいと感じたのは。
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「足場を固めるために外国に、ね。確かにありそうな話ね。」
あたしの内心の怯えを気に留めず、女はふんふんと納得顔で頷く。
「どっちみちマルニフィートはもう出し抜けないだろうから、外国か。
追い詰められた奴らなら考えそう。参考になったよ。」
「…………………………ええ。」
「どしたの?さっきの勢いはどこへ行ったのよ。」
「…………………………」
「委縮してたら死ぬよ?」
「えっ」
いきなり投げられた言葉に、思わず声がかすれた。
「…どういう意味?」
「分かんないの?」
呆れ声で答えた女は、ゆっくり眼下の光景に視線を向けて続ける。
「これだけの事をやったんでしょ?あたしは別にとやかく言うつもりは
ないけど、他の人はそうじゃない。これをあなたと結びつけるくらい、
どこかの誰かがやるでしょう。」
「…………………………」
「法律は詳しく知らないし、現行の刑法の適用は難しいかも知れない。
それでも罪は罪。ボケっとしてたら誰かに殺される。もっとキツイ事に
なる可能性だってある。そのくらい覚悟の上でしょ?」
「それは…」
「してないんならさっさとしろ。」
「はい!」
思わず背筋を伸ばしてしまった。
決して大声でもないそのひと言に、抗い難いほどの凄みを感じたから。
「じゃあね。」
そう言い置いて、彼女は迷う事なく屋上の縁から身を投げた。
あわてて駆け寄って見たけど、その姿はどこにもなかった。もちろん、
下に落ちてもいなかった。おそらく来た時同様、転移か何かを使って
消えたのだろう。少なくとも、その程度の事はしても不思議じゃない。
どうにも形容し難い存在だった。
「覚悟をしろ…か。」
言われた事が、今さらはっきり頭に蘇ってくる。
結局、彼女は最後まであたしのした事を咎めようとはしなかった。
天恵を使う行為の何が悪いのかと、終始一貫してそう言っていたっけ。
確かにそうだ。
あたしは天恵を使って人を傷つけ、さらには家族を殺した。その事実は
もう変わらない。誰が何と言おうとあたしは、そういう人間だ。
どうして彼女があたしを糾弾したりしなかったか、今なら少し分かる。
天恵とはそういうものだと、彼女は心底思っている。ただそれだけだ。
正義だとか悪だとか、そんな定義は一切いらない。得た力を使うという
プロセスがあるだけだ。だからこそ人は、その使い方を問われる。
道徳的な事だけをしろなんていう、薄い理想論が通用する訳がない。
そもそも天恵は、人が人に授けるというものじゃないからだ。まさに、
さっき彼女が述べたように摂理だ。それは限りなく、当たり前の現実だ。
あたしの覚悟。
それはもはや、誰に問われるまでもないくらいハッキリしている。
あたしはずっと、マッケナー先生や他の教団員たちに利用されてきた。
魔鎧屍兵を完成させるための要員として、ずっとただ使われてきた。
家族への復讐も、その一環だった。
今は違う。
今日のこの襲撃は、復讐の名の下にあたし自身が選んでやった事だ。
天恵を得た者としての責任はもう、間違いなくあたし自身にある。
分かったよ。
あたしはあたしを生きていく。
悪人と呼ぶ人がいるなら、それでも構わない。だって事実なんだから。
望むところだ。
覚悟は今、できた。
あたしはウルスケス・ヘイリー。
【魔核形成】の天恵を持つ者だ。
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さて。
どうやってここから降りようか。