見下ろす者たち
何なの?
何だって言うの?
あの金色の毛の獣人。
いきなり現れて、あたしの魔獣人を片っ端から殺して回ってるなんて。
どういう了見なのよ?
自分でも感じ取れる。
ますます自身と天恵の融合が進んでいるのを、否応なしに感じ取れる。
進んでいるからこそ、今ここにいる魔獣人たちを残らず感知できる。
どこに何匹いるのか。
そして、どの個体が死んだか。
どの個体が死んだかを感じ取れると判ったのは、ついさっきだった。
個体の死を実感したのは、さっきが初めてだった。
最初にそれを感じた時には驚いた。だけど、割とあっさり受け入れた。
そりゃ最初から最後まで損耗なし…なんて展開は期待しなかったから。
どのみち惜しい個体じゃない。もし倒されたとしても、また補充すれば
いいってだけの話だ。少なくとも、それで怒りや悲しみは湧かない。
だけど今ここに至って、あまりにも不条理な一方的殺戮が起っている。
頭の中で泡が弾けるような感覚が、数秒を置かず連続して沸き起こる。
それが何かは知っている。魔獣人が死んだ時の断末魔の反応だ。
チラッと下に見えた。
この建物の前を、まるで風のように駆け抜けていったのを確かに見た。
あんなのは見た事が無い。あたしが創ってきたいかなる魔獣とも違う。
ほんの一瞬ではあったけど、そんな確信を持てる程度には見えた。
あれは何だ。
どこから来た。
そして何より、なぜあたしが創った魔獣人だけを殺して回ってるんだ。
周辺から逃げているとはいえ、人間だって探せば大勢いるだろうに。
何を意図して、あたしの魔獣人だけ狙っているというのだろうか。
もしかして、あれも何らかの天恵の産物なのだろうか。魔核ではなく、
直接魔物を生み出せる天恵があるというのだろうか。そうだとすれば、
なぜわざわざあたしに対して敵対の意思を表示するのだろうか。
飼い主の意志なのか?
もしそうだとしても、それをあそこまで正確に命令できるものなのか?
…まさかとは思うが、完全な知能を持っているとでもいうのだろうか?
だとすれば、一体どこの誰が…
パチン!
深く考える間もなかった。
最後の一匹が駆逐された感覚が頭に走り、形容し難い空虚さを感じる。
自身の一部が無くなったというか、何しろそういう不快な感覚だった。
スッポリと抜けたその心の空白に、間を置かず怒りの感情が流れ込む。
あんなものが、しかもよりによって今ここに現れるのはどうにも変だ。
あたしがここでやろうとした事を、邪魔しに来たとしか思えない。
その事を知っているのはやっぱり、マッケナー先生という事になるか。
あの人が手を回して、あたしの目的をつぶしに来たとでも言うのか。
何のために?
あたしを止める行為に、それほどの意義があるとはとても思えない。
いや、確かにこの襲撃を終わらせるのは必要だろう。警察なり国軍なり
相応の何者かがやがてここに来る。それは遅かれ早かれだった。
だけど、そうじゃない。この状況を終わらせるためにあの獣人が来た、
という仮定は突拍子も無さ過ぎる。目的も手段も全て無茶苦茶だろう。
あらかじめ知っていたと考えるしかない。もしそうだとすればやはり、
手を回したのはマッケナー先生か。
仮にそうだったとして、あの獣人をどこからどうやって調達したのか。
いくらあの人の天恵でも、さすがにあんなのを創造するのは不可能だ。
間近で見てきたからこそ、そういう確信がある。
とすれば、やっぱり…
「ネイル・コールデンの天恵の力で引き寄せたのか、どこかの異世」
「その名前を、まさかこんな場所で聞けるとはね。」
呼びかけは唐突だった。
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ハッと視線を向けた先にいたのは、ソバージュヘアを持つ女性だった。
ポツンと佇み、あたしを見ている。
違和感だ。
そもそも、どうして彼女はこの場所にいるのだろうか。
目的の話じゃない。手段の話だ。
ここは、三階建ての校舎の屋上だ。
「屋上」だと言っても、出るためのドアなどは一切ない。何にもない。
あたしは魔獣人に運ばせたけれど、そういう手段でもない限り、とても
独力で上がって来られない。飛行か転移か、そういう天恵でもないと。
持っているのか、そういう天恵を?
あたしの知らぬ間に、オレグストがまたどっかで見出していたのか。
あたしが抜けた事を知って、ここにやって来たとでもいうのだろうか。
短い沈黙ののち。
「あなた、誰?」
「ウルスケス・ヘイリー。」
「は?」
答えになっていない。
何で名前を問うて、あたしの名前を返すんだ。
「やっぱり来てたか。」
「…何ですって?」
「あの怪物が魔核形成の産物だって事は見て分かったから、その元凶が
来てないかと思ってたのよ。まあ、あいつらの気配が強過ぎてなかなか
捕捉できなかったんだけどさ。」
「…捕捉?」
どういう意味だ。
この女、あたしの気配か何かを感知してわざわざここに来たのか。
今になってそれを成したって事は…
「まさか、魔獣人が全部死んだから捕捉できたと?」
「正解。」
やっと質問と答えが成立した。
しかし、そんな事が可能なのか。
「ずいぶん天恵と一体化してるね。そこまで魔核の気配を放つとは。」
「…………………………」
「その天恵を持ってるって事実は、もうずっと前から知ってる。」
あたしの沈黙には全くお構いなく、女はそんな事を淡々と述べる。
さも当然の事だとでも言うように。
お見通しだとでも言うのか。
そこまであたしの事を知っているのなら、やはりネイル・コールデンが
送り込んだ刺客か何かだと…
「んじゃあ、せっかくだから教えて欲しいんだけど。」
「…何を?」
「ネイル・コールデンが今、どこにいて何をしようとしているかを。」
…………………………
は?
それを知らないの?
何なのよ、あなたは一体。