表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
35/597

トランの主張

窓の外の騒ぎが、少し遠くなった。と言っても収束したわけじゃない。

ここからでははっきりとは見えないけど、「距離を取った」感じだ。


おそらく、ニロアナさんか他のお客の誰かが警察に通報したんだろう。

ここに爆弾があると分かったなら、非常線を張るのは当然の措置だ。

事実、野次馬と警官の小競り合いと思しき言い合いも聞こえてくる。


どうやら、思ったより早く大ごとに発展したらしいな。


================================


落ち着いて考えてみれば、俺たちの現状は思ったほど好転していない。


ネミルが機転を利かせ、心が読める天恵を体得していたのは僥倖だ。

とは言え、それをどう活用するかという点についてはなかなか厳しい。


俺の考えている事を共有できるのはいい。だけど、逆が成り立たない。

肝心のネミルが何か情報を得られたとしても、俺に伝える術がない。

うかつに口にすれば怪しまれるし、最悪その天恵が露見しかねない。

意思疎通には、顔や目の動きを使うのもちょっと危険だろう。ならば、

さっきみたいに小さなハンドサインを使わせるしかない。


………………

よし。


いいかネミル。

ここからは、イエスかノーの二択で質問する。イエスだったら親指を、

ノーだったら小指を伸ばせ。これが聞こえたら、イエスを出してくれ。


ノータイムで親指が伸ばされた。

よおぉし、ちゃんと聞こえてるな。じゃあ、今の段階で分かった事を

共有する。


あの女の考えてる事は分かるか?

…小指

つまり、何かしらの障害があるから読み取れないのか?

…親指

じゃあ、伯父の方はどうだ。やはり同じように読めないのか?

…親指

今のお前のその天恵は、そんな風に読めない事も珍しくないのか?

…小指


そうか。

あの二人の心を読んでも、まともな情報は得られない。それが事実なら

この妙な状況も少し見方が変わる。そもそもあいつの目的が何なのか、

そこからして見えていない。


よし。

腹を括ろう。


いいかネミル。

この状況で俺たちが連携するのは、ハッキリ言って難しい。分かるな?

…親指

だったらもう、ここは俺に任せろ。出方を見ながら解決策を探る。

だからお前は、俺が致命的なミスをしそうになった時だけ止めてくれ。

考えを先読みすればできるだろ?

…親指

お前はお前で、状況を見極めながら情報を探ってくれ。いざとなったら

声に出しても構わない。もちろん、最後の手段ではあるが。…いいな?

…親指


何とか、この状況を乗り切って店を護ろうぜ。

…両方の親指!


================================


重苦しい、数分の沈黙ののち。


ジリリリリリリリリリリン!!


突然、カウンター据え付けの電話がけたたましく鳴り出した。

横にいたネミルが、身をすくめる。


「交渉準備ができたって事ですか。ずいぶんとのんびりでしたねえ。」


相変わらず平然と言い、ランドレが立ち上がって電話に歩み寄る。


「皆さん動かないで下さいよ。ではちょっと失礼し」

「お前こそ動くんじゃねえよ。」

「え?」

「誰が出ていいって言った?お前の家じゃねえんだぞ。かかってきた

電話に出ていいのは俺たちだけだ。引っ込んでろ。」

「…この状況でかかってくるのは、どう考えても交渉の」

「うるせえよ。ゴチャゴチャ言ってねえでとっとと引っ込め!」

「………………」


これ以上は付き合う気もない。

黙り込んだランドレを無視し、俺は受話器を取った。


「喫茶オラクレールです。」

『………………』

「もしもし?」

『…君は、店主のトラン君か?』

「そうですよ。ちょっと今、出前は出来ない状況でして。」

『もちろん分かっている。…私は、今回の件を担当するイザ警部だ。』

「あ、そうなんですか。」

『ランドレ・バスロという少女が、爆弾を持って立て籠っているな?』

「ええ、そのようです。」

『一緒にいるのは伯父のペイズド・ブル・バスロ氏らしい。』


外ではそこまで判明してるのか。

やっぱり伯父さんで間違いないって事だな。


「そうですか。」

『今ここにランドレの伯母、つまりペイズド氏の妻のシャドルチェ氏が

来ている。』

「ここってのはどこです?」

『中央庁舎だ。現場にはまだ電話は引けていない。』

「なるほど。で?」

『シャドルチェ氏が説得を試みると申し出てるんだ。だからランドレを

この電話に出して欲しい。その上で対策を考え』

「お断りします。」

『…何だって?』


イザ警部の声がちょっと裏返った。しかし構わず、俺は続けて言う。


「今この時点で、この女は具体的な目的も何も口にしていないんです。

そんな状況で、電話で勝手な交渉をされても困るんですよ。…俺たちが

完全な部外者になるでしょ?」

『状況が理解できているのか?今はとにかく刺激せず、慎重に交渉を』

「何をするにせよ、まずは俺たちが事情を聴く。話はそれからですよ。

そっちは待たせといて下さい。」

『ちょっと待っ』

「んじゃ。」


ガチャン!


迷わず電話を切る。

こういうのは、思い切りが肝心だ。


================================


「き、君…!どういうつもりだ?」

「ずいぶん勝手な事をしますね。」


ペイズド氏もランドレも、温度差はあれど俺に対して不満気だった。

まあ無理もないわな。だけど今は、きっちり言っておく事がある。

特にランドレ、お前にな。


「何回も言わせるなよ。ここは俺の店だ。他の場所とは違うんだぜ。」

「………………」

「何をするにせよ、この店で俺たち二人を部外者にする事は許さねえ。

外の誰かと交渉したいなら、まずはお前の目的なり事情なりを話せ。」


………………………………


ここまで言っても、ランドレは俺に悪意を抱かない。情緒が死んでる。

もしこんな奴に好き勝手させたら、どう転ぶか分からない。


だからここは強気で行く。

とことん強気で押し通す。

チラと見れば、ネミルももう完全に開き直った顔になっていた。


しばしの沈黙ののち。


「…いいでしょう。」


ランドレが、頑なな態度を変えた。



よおし。

やっと話がまともに進みそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ