魔王とタカネは使いよう
一刻を争う緊急事態は、モリエナの協力によってどうにか解決を見た。
事情を説明した上で収容された病院なら、まず心配はないだろう。
しかし、状況が切迫しているという現実は、あまり変わっていない。
こうして籠城している間にも、外の状況が悪化する可能性は低くない。
俺に何が出来るんだって話だけど、じっとしている訳にも行かない。
という訳で、まずは脱出だ。
================================
モリエナが帰った以上、【共転移】での脱出は不可能だ。彼女以外に、
誰かと一緒に転移できる存在を俺は知らない。ローナにも無理な話だ。
つまり転移ではなく、普通の方法でここを出て避難するしかない。
来る時に実践したけど、少なくとも魔者同士を戦わせる事は出来る。
俺単独か一人二人との同行ならば、これで何とかなったかも知れない。
しかし今現在、俺は20人を超える人間と同行するしかない状況だ。
いかに規律正しく行動しても、この人数をあの猛獣サーカスで守る事は
不可能だ。どこまで逃げるにしても被害は絶対に出てしまう。
なら、どうすればいいか。
今この瞬間における俺たちの戦力は事実上、俺の天恵とタカネのみだ。
タカネと言っても、本体じゃない。ギリギリの数で構成された分体だ。
B教員棟からここまで、モリエナの護衛を担当してくれた。もちろん、
モリエナから離脱してここに残ったのである。そうしないと彼女の心が
タカネの記憶に押し潰されてしまう危険性があったから。
小さいとはいえ、これもタカネだ。それなりの機能は使える。事実、
ここへ来るまでに数匹足止めしたり殺したりしたらしいし。
なら同様に、逃げる俺たちの護衛を任せる事は出来るだろうか?
『悪いけど、さすがにこの個体数でそこまでのパフォーマンスは無理。
このまま広い空間に出たら、とてもここにいる人数は守り切れない。』
「だよな。」
タカネはこういう時、気休めなどは言わない。事実を述べるだけだ。
ここへ来るまでに魔者はそれなりに観察してきたらしいから、その上で
無理と言われれば認めるしかない。いくら彼女でも、限界は存在する。
ならばもう一度、とことん考える。
俺たちがここから脱出し、なおかつこの事態を治めるために必要な事。
警察だの軍隊だのが来ても、被害がまた増える可能性は捨てきれない。
だったら今、この状況でどうすればいいのか。
…………………………
そうだ。
もうひとつだけ、方法がある。
俺とタカネの合わせ技だ。
================================
「俺から離れずついて来て下さい。いいですね?」
「は、はい。」
「分かりましたけど…本当に大丈夫ですか?」
「まあ、お任せしましょうよ。」
「そうそう。」
反応が2対2で綺麗に分かれたな。まあ無理もない。ロナンたち二人は
ともかく、会ったばかりの二人から完全に信頼されるとは思えないし。
と言っても、その二人も俺に賭けると言ってくれたんだ。俺としても、
無責任な事は出来ない。
その後ろからは、【魔王】の支配下にある人たちが寡黙に付き従う。
こっちは信頼とかじゃない。行動を強制しているような状況だ。なら、
なおさら責任は重大になる。彼らを安全なところまで、絶対に届ける。
よし。
『進路クリア。入口にはいない。』
「じゃ出発!」
俺のその掛け声と同時に、ロナンとドルナさんが同時に正面玄関の扉を
大きく開いた。俺たちは迷いなく、危険な屋外に足を踏み出していく。
先頭は扉を開けた二人。その後ろに俺。斜め後ろにあの二人。さらに、
その後ろから避難した全員が続く。何とも無謀な陣形、無謀な行動だ。
目に留まった時点で、四方八方から魔者たちの一斉攻撃を…
受けないんだよな、これが。
================================
第二講堂に逃げ込んだ時点で、俺は【魔王】の効果を再認識した。
個々を視野に入れない事によって、建物の周囲にいる魔者に満遍なく
威圧の効果を与えるという能力だ。今まであの建物に籠城できたのも、
間違いなくその力のおかげだった。
しかし、これを屋外で行使するのは限りなく難しい。壁が無くなると、
どうしても周囲に群れる魔者の姿を目にする事になる。その時点で、
【魔王】の効果はその個体へと集約されてしまうのである。そうなれば
他が殺到してきて終わりだ。まさか目を閉じて歩くわけにも行かない。
そこで気が付いた。
目を閉じて歩くわけには行かない。
いや、本当にそうだろうか?
ここには、タカネの分体がいる。
強力な広範囲攻撃は出来ない反面、それ以外に出来る事は割と多い。
なら、アレも出来るはずだ。
『なるほど考えたわね。』
「出来るか?」
『もちろん。』
「よっしゃ!」
思わずガッツポーズしてしまった。
そう。
俺は既に、それを見た事がある。
失明したランドレの視覚を代行するメガネ型外部ユニットだ。
その名はトライアルε。
見えない人間を見えるようにできるなら、逆だって可能だろう。
かけた俺の視野から、魔者の姿だけ消し去る事だって出来るはずだ。
そのくらい、タカネならやれる!
================================
「…近づいてきませんね。」
「そうか。」
ロナンの言葉に答える俺は、あえてそっちには目を向けない。見ても、
タカネいわく「キャンセリング」が発動しているから視認できない。
いや、しないように設定している。…何と言うか、不思議な感覚だな。
目が見えない訳じゃない。むしろ、視覚的にはいつもよりも数段鮮明。
ランドレもこんな視野を得ていると思うと、ますます不思議な感じだ。
まあ、今はそんな感想は後回しだ。
このままオラクモービルに向かう!