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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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手繰る糸の紡ぎ手

ローナは、入れ込んだ人間に関して苦労や手間を惜しまない。つまり、

俺たちには。本人は「えこひいき」だと笑いながら言ってたっけな。

そして、それ以外の人間に対しては

限りなく平等で、そして寛大だ。


今回の騒動は、おそらくウルスケスが起こしたものだろう。

それに対してローナが何と言うか、今ならおおよその想像がつく。


「まあ、そんな使い方もあるよ。」


この程度だろう。

俺たちが危ない目に遭うとか何人が負傷したとか死んだとか、そういう

結果についてはあれこれ言わない。ひとつの出来事として流すだけだ。

以前の俺なら、そんな態度に憤りを覚えていたかも知れない。だけど、

今ならただこう思うだけだ。


「ああ、恵神らしい考えだな」と。


================================


ローナは、満15歳を迎えた全ての人間に等しく「天恵」を授ける。

特定個人を選んだ上で特定の天恵を授ける…なんて事は不可能らしい。

そもそも神としてのローナに、人を個人として認識できる感覚はない。

そんな己に飽きたからこそ彼女は、人間としての肉体を得て現出した。


現出したからこそ、彼女はいわゆる「えこひいき」をする相手を得た。

それが俺でありネミルであり、最近の例で言えばドルナさんとかだ。

「神がえこひいきって何だ!」とか言われそうだが、彼女のひいきなど

些細なものだ。神の力で厚遇とか、そんなのはほとんど無いに等しい。

どっちかと言うと、変な苦労ばかり積み増されている気さえする。


…いかん、少し虚しくなってきた。


ともあれ、基本的にローナはさほど世界に影響をもたらさない。いや、

そういう事ができない非力な体を、あえて選んだと言うべきだろうか。

そして、俺たち以外の「天恵持ち」がやる事にも原則的に不介入だ。

それがどんな結果になろうと、己がもたらす天恵がこの世界の摂理だと

認識しているからこそ、あれこれと細かい事は言わない。

ゲイズ・マイヤールをタカネと共に殺しに出向いたのは、ごく個人的な

思い入れがあったからだ。要するにゲイズは恵神を怒らせ、嫌われた。

その程度の話だ。今さら俺たちが、とやかく考えるような話じゃない。


そしてローナは、俺たちが分不相応な難事に手を出すのを好まない。

自分たちの生活や人生を犠牲にしてまで、底なしの善行に染まるなと。

彼女の言葉を借りるなら「神さまの真似事をするな」ってところか。

神に言われると説得力が違う。まあ言われた時はかなり反発したけど、

今では俺たちも彼女の引いた一線は理解しているつもりだ。


理解しているからこそ。

自分のやろうとしている事が、その一線のどちらかは自分で決める。


そう。

誰に何と言われようと俺は。



ここにいる人たちを救いたいという選択を、分不相応とは思わない。


================================

================================


現状の検証はもういい。と言うか、ネガティブな気持ちが増すだけだ。


ここからは考え方を変える。

今の自分に何が出来るかではなく、今の最善は何かを本気で想定する。


とにかく緊急を要するのは、6人の怪我人をどうにかするって事だ。

気休めの応急手当は済んだらしい。なら、早く病院へ搬送しないと。


そのための最善とは何だ。


とにかく魔者の包囲を突破し、このピアズリム学園を脱出し、そこから

最寄りの病院へ運ぶ。おそらくこの街にも、病院くらいはあるだろう。

どうにかしてオラクモービルまで、この6人を運んで載せて…


ダメだ。

オラクモービルに6人を乗せようと思ったら、最低でも座るのが前提。

横たえた状態でそんな人数を載せるのは、容積的に絶対に不可能だ。

全幅を勘違いしていた人間が言えた義理じゃないけど、確信がある。

おそらく、3人までが限界だろう。はっきり言って無理があり過ぎる。

それ以前にどうやって連れて行く?


この案は最善には程遠い。

物理的にも時間的にも、あまりにも成功の確率が低い。


もういい。

最善の策など、少し考えれば容易に思いつくじゃないか。

いい加減、現実逃避はやめろ俺。


彼らを救える方法は、ひとつだけ。



モリエナの【共転移】だ。


================================


怪我人6人を助ける。

その目的は、モリエナが来ればほぼ達成できる。

これなら近場と言わず、もっと話を通しやすい病院にも運べるだろう。

それも時間をかけずに。


問題は二つだけだ。


どうやってそれを本人に伝えるか。

そしてどうやってここまで来るか。


シンプルかつ、困難な問題である。

本人でなくとも、まずタカネにでも連絡を取る事さえ出来れば…!



「あれ?」


刹那。

怪我人の様子を見に行ったらしい、ロナンが怪訝そうな声を上げた。

目を向ければ、応急処置を手伝っていた女性と、その同伴者の男性の

二人と向き合っている。どうした?


「何であたしの服着てるの?」

「え?」


何だ、どうした本当に。今この場で変な諍いを起こさないでくれよ。

あわてて歩み寄る間にも、ロナンは詰問口調で二人に問いかけている。


「そっちは兄の服ですよね?」

「え…いやその…」

「どうしたんだよロナン。」


兄の服?

つまりシュリオさんの服って事か?ただの勘違いじゃ…


「ホラその胸元。シュリオっていう刺繡が入ってるでしょ?」

「…………………………」


確かに入っている。しかもこの服、けっこう上等な仕立てだな。

一瞬この現状を忘れた俺は、傍らの女性の服に目を移した。そっちは…


「ねえ、どうしてそんなものを?」

「いえあの…お借りしただけで…」

「借りたって誰によ。」

「お世話になっている人に…」


言い合う二人のそんな声は、俺にはほとんど聞こえていなかった。

俺が凝視していたのは、女性がその手に持っている小さな本だった。

学校の文化祭に持参するには、どう考えても不釣り合いな代物。

目の前の女性の年齢から考えても、やっぱり不釣り合いな代物。


そして今の俺にとっては、まさしく喉から手が出るほど欲しい代物。



「三つ編みのホージー・ポーニー」の文庫本だった。

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