想定外の連続
人間の記憶というやつは、とことんアテにならない。
首尾よく校内での営業許可を得て、俺はオラクモービルの設置場所を
ざっくりと決めていた。あまり人が多過ぎる場所だと迷惑になるので、
東側広場の入口脇を希望した。担当教員に同席してもらい、その場所の
許可ももらえた。ここまでロナンが同行してくれていたのも助かった。
在学生の関係者という、フラットな肩書きがプラスに作用してくれた。
援助だの家柄だのといったごり押しに抵抗があったから、色んな意味で
理想的な落としどころだった。
「じゃあ、明日また来ます!」
「助かったよ。色々ありがとう。」
「その代わり、明日はサービスして下さいね!」
「了解。」
してやったりな笑顔を残し、ロナンは元気に帰っていった。
些細な言質を取られたけど、世話になったのは事実だ。そのくらいは
恩返ししないとな。
そんなこんなで、ピアズリム学園における出店の目処は立っていた。
ちゃんと立てたはずだった。
しかし、想定外は常に起こる。
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とは言っても、手続きだの何だのに不備があったわけじゃない。
単に物理的な問題が生じただけだ。
…要するに俺は、オラクモービルのサイズを完全に勘違いしていた。
自分の感覚で認識していた全幅は、明らかにひと回り小さかったのだ。
いざ設置ポイントに到着した結果、見事にはみ出した。停められなくは
ないけど、入口の半分を塞いでる。客観的に見て、ものすごい邪魔だ。
「…ううん、これはさすがに…」
昨日許可をくれた教員も、さすがに困惑ありありの渋面である。いや、
おっしゃる事は充分承知してます。誰がどう見ても無理ですね、これ。
「…………………………」
ネミルとローナの視線が痛い。目が無いはずのタカネの視線まで痛い。
完全に俺のミスである以上、何にも言い訳の言葉が浮かばない。
気まずい沈黙ののち。
「でも、西側広場の脇ならどうにかなりそうですね。あっちの方が少し
道幅が広いので。」
「い、今からでも大丈夫ですか?」
「現時点では、そっちの使用申請は出てないから大丈夫です。ただ…」
「ただ?」
「こっちよりは人は少ないだろうと思います。それでも良ければ…」
「十分です!」
助かった。
こんな間抜けなミスをフォローしてくれる教員が、神様に見えた。
傍らでジト目になってる恵神より、こっちの方が俺にはよっぽど神だ。
というわけで。
そそくさと移動である。
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やはり、学校のキャンパス内で車を走らせるというのはかなり難しい。
そもそも歩行者メインだから道幅が狭く、しかも入り組んでいる。
免許取り立てにはハイレベル過ぎる道を、タカネナビ頼みでゆっくりと
進んでいく。結果、どうにか西側の広場前まで辿り着く事ができた。
うん、確かにさっきの場所と比べて広い。これなら問題なくいける。
覚悟したほど閑散としていないし、広場には飲食用のスペースもある。
ここなら商売も成り立つはずだ。
「まあ、結果オーライだね。」
苦笑したネミルの言葉に、どうにか救いを得た。
お騒がせしました、皆さん。
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そんなドタバタの末、何とか開店。結果的にいい感じで目立ったらしく
開店と同時に客が来た。これもまた結果オーライ…などとは言わない。
調子に乗ると怒られる。しくじった分は働いて挽回しないとな。
しかしここで、またマイナーな問題が浮上した。
「また来ます!」と昨日言っていたロナンに、場所が変更になった事を
伝える術が無い。わざわざ掲示する事じゃないし、そもそも店の存在を
知る人も少ない。下手すると、俺が気まぐれで出店をやめたって想像も
出来てしまうだろう。いくら何でもそれはあんまりだ。
「じゃあ、迎えに行くしかないって事だよね。」
「世話になったんだからね。」
『そうそう。』
旗色が悪い。
三人にそう言われては、俺としても知らんぷりは出来ない状況だ。
「分かった、じゃあ行ってくる。」
ロナンは昨日、昼前にまた来ますと明言していた。今から行けば確実に
捕捉できるだろう。事情を話して、こっちまで連れてくるしかない。
これもミスの挽回の一端だ。
文句言わず、チャッチャと行こう。
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それにしてもこの学校、広いな。
前に来た時も思ったけど、とにかく構内が広大だ。建物と建物との間も
かなり広い。ちょっとした街と形容してもいいかも知れない。…まあ、
田舎者の感覚でしかないけど。己の車の幅も知らない男の感覚だけど。
何となく卑屈な気分で東側広場まで戻る。おお、確かにこっちの方が
盛況だ。むしろここで営業するのはちょっと無謀だったかも知れない。
これもまた結果オーライだろう。
で…
「ああっいた!よかった!!」
探すほどもなく、こっちを見つけたロナンが安堵の大声を上げた。
そりゃそうだよな。お目当ての車が無かったら誰でも焦るって。
「どこ行ってたんですか!?」
「申し訳ない。サイズを見誤って、停められない事が今朝になってから
判ったんだ。で、西側広場の前まで移動した。」
「許可は!?」
「もちろんちゃんと取り直した。」
「ビックリさせないで下さい!」
「重ね重ね、申し訳ない。」
謝るしかない自分が情けなかった。
ところで…
「お久し振りです。えーと…」
「お久し振りです、トランさん。」
どっちか判らない彼女は、にっこり笑って名乗った。
「ドルナです。お婆ちゃんの方。」
「どうもお久し振りです。」
醜態に恐縮しつつ、俺は挨拶の言葉を口にした。
そうか、そっちの方か。
彼女の名前はドルナ・ペルレンス。
【不老】の天恵を持ち、200年を超える歳月を生きてきた女性だ。
おそらく世界で唯一、ローナの天啓を直接「聞いた」人物でもある。
相変わらずお若いですねえ。まあ、当たり前の事なんだけど。
「今日はお一人ですか。」
「ゲルナとは来られませんからね。あの子は昨日、既に来てます。」
言いつつドルナさんは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。相変わらずだな。
でも、文化祭を堪能するって姿勢はいかにもこの人らしい。
「ご心配をおかけしました。じゃ、案内しますんで。」
「よろしく。」
「楽しみだわぁ。」
想定外のお客さんだけど、彼女なら色んな意味で安心して歓迎できる。
何と言っても今のローナを知ってる人だから、どっちも喜ぶだろうな。
上手いこと立ち回って…
刹那。
「キャアアアァァァァァ!!」
「ウワアアアァァァァァ!!」
何の前触れもなく悲鳴が重なった。明らかに、大勢の放つ悲鳴が。
「!??」
反射的に振り返った俺と、その場にいた皆の目に映ったもの。
それは
魔か。
獣か。
人か。
血飛沫が散るのさえ、遠目に見えてしまっていた。
こんな想定外まで起こるのかよ。
冗談じゃねえよ。