ピアズリム学園再訪
オラクモービルは、かなりデタラメ仕様の車両である。
基本的には既存のトラックの後部にコンテナを繋いだ構造になるけど、
その気になれば完全にトラック部を一体化させる事も出来る。そして、
後部コンテナの動力のみで走行する事も可能だ。この場合には、前部の
トラックはほとんどお飾りになる。
『急ぐ時はこれに限るわね。』
タカネがそう言ってしまうと、もう俺たちはただ乗ってるだけである。
前部トラックの車輪をほんの数ミリ地面から浮かせ、あとは疾駆する。
後ろの動力は完全にタカネ自前だ。ぶっちゃけ、構造的には自転車と
ほとんど変わらない力技。そして、とにかく速い。
まあ、ほとんど交通量のない田舎道を走るならいいか。
…いいか?
ホントにいいのかこれ?
飛ぶように流れていく景色を横目に見つつ、俺は無駄に葛藤していた。
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というわけで、本来なら半日以上はかかる道を1時間半で走破した。
そんな規格外の速度でぶっ飛ばした割に、振動は全然感じなかった。
どういう事かと尋ねたら、やっぱり意味の判らない答えが返ってきた。
「走ってるタイヤの下部分にだけ、平坦な板を連続で敷いてたから。」
そうか。
何であれ、車酔いせずに済んだよ。どうもありがとう。
いちいち細かい事で悩むのは、もうやめにしよう。
俺もネミルも、何かを悟っていた。
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手段はともかく、決して近くはないピアズリム学園前駅はもうすぐだ。
鉄道を使わずこの時間に到着とは、とことん恐れ入る。そして感謝だ。
何と言っても、昼前にここまで来たというのは非常に助かる。
とりあえず、高速走行形態を解除。普通…でもないけど、少なくとも
常識的な動力の車両に戻して駅へと向かう。あ、見覚えのある光景。
前に来た時は鉄道を使ってたけど、見える光景は案外変わらないな。
思ったほど駅前は混雑していない。これなら、むしろオトノの街の方が
賑わっていたかも知れない…って、そりゃそうか。行事だと言っても、
こっちは学校が催すだけだ。オトノみたいに、街単位のフードフェスと
比べれば、そりゃあ来場者の総数も少なくて当たり前なんだろうな。
まあ、この程度なら人の波のせいで立ち往生…なんて事にもならない。
駅の北側からゆっくりと道を選び、無事に正面ロータリーまで至った。
さすがにここらまで来れば、学生もそれ以外も大勢が行き交っている。
割といいタイミングで到着できた。ここは素直にタカネに感謝である。
さあて、まずは商売の準備だな。
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ピアズリム学園のキャンバスは実に広い。一度だけ行った事あるけど、
正直案内がいないと迷うレベルだ。オラクモービルが入ったからとて、
手狭になるなんて事はないだろう。
とは言え、物理的な意味で可能だとしても、実際に入るのは厳しい。
何と言っても完全な飛び入り。いや思い立ったのが昨日だと考えれば、
もはや行き当たりばったりである。仮にこれから申請を出すとしても、
少なくとも今日は絶対無理だろう。いや、もし俺が学校関係者だったら
間違いなく断る。
「どうしたもんかな。」
「そうねえ。」
「無理やり入るのは論外だしね。」
論外と分かってるなら口にするなよ恵神。ヒヤッとするだろうが。
『とりあえず、駅前でちょっと店を展開するくらいいいんじゃない?』
ダッシュボードからタカネのそんな声が聞こえてきた。
『もちろん学校内でも模擬店だのが出てると思うけど、こっちが売るの
せいぜい飲み物だけでしょ。さほど営業妨害にもならないだろうし。』
「まあそうだな。」
確かに、ガッツリ食事を出すような設備はない。学校はすぐそこだけど
ちょっと飲み物を買うくらいなら、さほどの影響も出ないだろう。
少し考え、俺は指針をまとめた。
「よし。じゃあ、とにかく駅前での営業許可をもらいに行ってくる。」
「どこへ?」
「ここは学園の敷地内じゃないし、駅で申請すればいいはずだ。もしも
無理なら、どこに出せばいいのかをそこで聞いてくる。」
「分かった。で、その後は?」
「今日中に一度、学園の運営部まで行ってみよう。もし可能であれば、
明日はキャンバスのどこかで営業をさせてもらえれば御の字だ。」
『なるほど、いいんじゃない?』
「じゃ決まりッ!」
勢いよくネミルが告げ、とりあえず方針は決定した。
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駅前における営業許可は、呆気なく駅の管理室で発行してもらえた。
聞くところによると、ここでは割とそういう店を出す人はいるらしい。
さすがにキッチンカーなんて代物は初めてだけど、売るのが飲み物なら
店の形態は細かく問わないんだと。何と言うか、けっこう大らかだな。
やってる事が先駆的なので、こんな寛大さは非常にありがたい。
という事で、さっさと開店準備だ。今回は昨日とは違い、もうとっくに
人通りが増えている時間帯なので、それなりに目立った。別にそんなの
とっくに開き直ってるけど。
まあ、その目立ち方はマイナス方向に振ってるという訳じゃない。
むしろ、デモンストレーションだと考えればいい集客効果になってる。
案の定、開店と同時に物珍しそうな学生が何人かやって来てくれた。
「いらっしゃい!」
「これもう注文できるんですか?」
「ええ大丈夫ですよ。」
言ってからしまったと思った。
店の準備は出来てるけど、テーブルと椅子が用意できない。昨日と違い
人目があるから、タカネの設置ではどうしても異様さで注目される。
かといって、カップを渡してしまうというのはどうにも…
あれ?
ほんの一瞬目を逸らした直後、学生の背後の道の脇にもうテーブルと
椅子が現出していた。いつの間に?ってか、誰も見てなかったのか?
『ご心配なく。』
俺の困惑を見透かしたかのように、そんな声が運転席から聞こえる。
どうやら一瞬の人通りの途切れ目を見計らい、出してくれたらしい。
いやはや、何をするにも早業だな。正直、俺の想像をいちいち超える。
それでも大助かりだ。こういう商売の経験も、案外いいのかもな。
「じゃ、オレンジジュース二つ!」
「はいはい。少々お待ちを!」
元気のいい注文の声に、俺も明るく答える。
魔王らしくないってか?結構だよ。俺はそんなもん望んでないからね。
いい滑り出しだ。
ピアズリム学園の文化祭、俺たちのやり方で盛り上げていこうぜ。