表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
335/597

交錯する地へと

思ったほど、恐怖は感じなかった。


別に情に縋ったわけでもない。いやむしろ、彼女から見れば今の俺など

恨みの対象でしかないだろう。その事実を踏まえれば、次の瞬間に命を

奪われても何の文句も言えない。


彼女が今、少なくとも正気に戻っているからか。

それを目の当たりにしたから、罪の意識が多少なりとも消えたのか。


それも違う。

過去を捨てた彼女にとって、今さら正気に戻った事が救いに繋がるとは

思えない。むしろ狂っていた方が、苦しまずに済んだのかも知れない。

そんな独りよがりは、いくら何でも俺には出来ない。


ならもう、自分の命を完全に諦めたとでも言いたいのか、俺は。

ここで彼女に殺されるのはもう確定だから、腹を括ったって事なのか。

…………………………


やっぱり違うな。

どれもこれも違う。


結局俺は、彼女を前にする事で己の生死を度外視してるんだろう。

ウルスケス・ヘイリーという人間がどんな変貌を遂げたのかをずうっと

目の当たりにしてきた事で、普通の人間の死生観を無くしていたんだ。


だからこそ。



どうなろうと、どうでもいい。


================================


しばしの沈黙ののち。


「先生、ひとついいですか。」


感情の全くこもらない声で、彼女は俺に問いかけた。


「何だ?」

「先生たちはこれから、どうなさるおつもりなんですか?」

「…………………………」


しばし、返答に窮した。


今すぐ殺すかどうかという状況で、いささか解釈に困る質問だ。

今日までの事情を察しているなら、今の窮状も知ってるって事だろう。

俺だけでなく「俺たち」と形容したという事は、ロナモロス教の今後を

問うている、という話になる。

正直、俺などに訊かれてもそうそう答えられるような質問じゃない。

と言うか、実際ウルスケスがそれをどこまで知りたいかも分からない。


答えを急かすような気配はない。

変貌したあの男も、今は犬のように従順な態度を見せている。

今になって、助かるかも知れない…という考えが浮かぶ自分に呆れる。

狂っているとか何とか言ってても、しょせん俺もまだまだそんな域には

達していないって事だろうな。


ならせめて、彼女の問いには真摯に答えるべきだろう。



俺はある意味、覚悟を決めた。


================================


「今さら言うまでもないが。」


声が震えない事に少しホッとした。


「もう、君に魔核を生成してもらう必要はなくなった。」

「そうみたいですね。」

「だから始末するとか、そんな話は微塵も出ていない。それは事実だ。

そして…」

「そして?」

「率直に言って、今ここを出ていく君を止められる者はいない。」


少なくとも今ここに、ゲイズもといブリンガー・メイはいないはずだ。

俺の見た限り、ウルスケスを止める事が出来るのはあいつだけだろう。

いないものはどうにもならない。


「そうですか。」


やはり、ウルスケスの声には抑揚がない。明らかに俺の答えに満足など

していない。当然だろう。今の俺はただ、現状を話してるだけだから。

だからこそ、ここからは腹を括って話す。



俺がネイル・コールデンの意志を、代弁する形になるのだろうから。


================================


「俺たちはイグリセを出ていく。」

「…………………………」

「俺の知る限りでは、行く先はまだ未定だ。ただ、どこへ行くにしても

それは単なる亡命じゃない。」

「と言うと?」

「魔鎧屍兵に天恵持ち。これだけの戦力が揃っている今、モリエナの

離反ごときで逃げに徹する選択などない。俺たちは世界をかき回す。」

「先生もですか?」

「当然だ。ここまで来て、中途半端な逃げを打つ気なんかないさ。」


言い切った瞬間、その言葉が俺自身の中で確信に変わったのを感じた。

言い訳でも釈明でもない。これは、俺自身の所信表明に等しい言葉だ。


俺は【マルチクラフト】なる天恵を得て、異界のファクターを探究する

運命を受け入れた。最初の内は単に研究が楽しかった。だが今の俺は、

そんな無邪気な言葉でカテゴライズされるべき存在じゃない。とっくに

決定的な一線を超えている。


それを超えさせたのは間違いなく、目の前にいるウルスケスだ。


勝手な理屈だ。それは分かってる。それでも彼女の天恵に賭けた結果、

俺はもう引き返す事の出来ない領域に至った。その事に後悔などない。

だったら俺は、ロナモロス教の一員として最期の最期まで突き進む。


その先に破滅しかないと言うなら、破滅に至る探究を愉しむだけだ。


「俺はこのまま、突き進む。」



それが謝罪の言葉に代える、君への本音だ。


================================


「分かりました。」


そこでウルスケスは、初めて大きく笑ってみせた。以前とは異なる、

計り知れない何かを込めた笑みだ。禍々しくも、それは美しかった。


「信じていいんですね?」

「当たり前だ。教え子に嘘なんか、今さら言わないさ。」

「そうこなくちゃ。」


愉快そうにそう答え、ウルスケスはそのまま踵を返した。控えていた

魔獣人も、それに従って体の向きをクルリと変える。…忠実なんだな。


「それじゃあ、あたしはこれで。」

「君はどうするんだ?」

「まあ、まずは気晴らしですね。」

「気晴らし?」

「ええ。」


振り返らず、彼女は告げた。


「我が懐かしき学び舎に、久し振りに行ってみます。ちょうど今頃って

学園祭の時期ですから。」

「そうか。」


そんな時期か。

もうすっかり忘れてたな、あそこの年中行事なんてものは。

何をするのかは訊かない。訊いても何の意味もない。

ただ俺は、見送るだけだ。


「元気でな、ウルスケス。」

「先生もね。」


ひらひらと手を振り、ウルスケスは去っていった。もう振り返らずに。

俺もまた、同じように手を振った。まるで友達を送り出すように。


ああ。



世界に爪痕を残せ、ウルスケス。

応援してるよ。


================================

================================


「学園祭?」

「そう、明日からなんですよ。」


ロナンの声は、いつもに増して高く弾んでいた。


どうやら彼女、店に行ったその足でわざわざここまで来たらしい。

教える機会がなかったけど、やはり侮れない行動力の持ち主である。

って言うか、この話を伝えるためにこんな時間から来てくれたんだな。


「出店してみません?」

「面白そうだね。」


俺より先にネミルが食いついた。


「ピアズリム学園の学園祭に参加。ちょっと話題になっちゃうかも。」

「ノリが軽いな。」


いささか呆れつつも、ネミルのその言葉にはきっちり共感できる。

まあ、俺も大概って事なんだろう。チラと見れば、盗み聞きしている

ローナもニッと笑って頷いた。


「よし、それじゃあ明日になったら飛び入り参加といこう。」

「やたー!」


ネミルとロナンの歓声が重なった。いいねえ、やっぱりノリが大切だ。

こんな事を始めたんだからな。


ピアズリム学園か。久し振りだな。

よし、今日は早く寝よう。



明日は面白くなりそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ