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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
334/597

禍々しき創造

天恵に呪われる。

あるいは、天恵に呑み込まれる。


そんな話など、もはや過去の伝説に過ぎない。そもそも天恵宣告自体が

廃れた現代において、起こり得ない事と言っても差し支えない。

少し前まで、そう思っていた。


実際に、そうなってしまう前まで。



ウルスケス・ヘイリーと

この俺自身が。


================================


彼女が創り出す魔核は、間違いなく俺や回りの者たちを蝕んでいった。

もちろん目に見えるわけじゃない。その効能は、誰にも証明できない。

だけど俺には、確信があった。

心の奥底から湧き上がる、どす黒い衝動。明らかに己の心とは異なる、

原始的かつ野蛮な激情。少なくとも俺の中に、こんなものがあったとは

考えられない。だとしたら…


いや、違うな。

それが全くなかったのかと言えば、答えは否だ。

俺だけじゃない。誰の心の中にも、この衝動は大なり小なり存在する。

いつもは気付かないか、理性の力で抑え込んでいるかのどっちかだ。

ウルスケスの魔核は、そんな内なる負の衝動に強烈に働きかけてくる。

知らず知らずのうちに俺たちは皆、その力に取り込まれていたらしい。


だがそれは、決して悪い効果だけだとは言い切れなかった。


原始の衝動は、理性という枷を外し人の精神をむき出しにする。

そうしてある種の解放を得た者たちは、危険な任務にも率先して赴く。

怖れを知らぬ彼らが、ロナモロスに戦果をもたらしたのもまた事実だ。

魔鎧屍兵を動かすだけでなく、この魔核は狂戦士さえも生み出せる。


かつてこの天恵を持ち得た人間が、何人いたのだろうか。

そして彼ら彼女らは、己の可能性をどれほどまで見極めたのだろうか。

今ならもう断言してもいいだろう。


その答えをとことんまで極めたのがウルスケスであり、見届けたのが

この俺なのだと。


俺は魔核に囚われながらも、魔核の本質を理解し得た。それを応用し、

魔鎧屍兵を動かす事に成功し、今は人工的な魔核の再現さえ成し得た。

造物主であるウルスケスが人として破綻してしまった今、魔核の本質を

見極められるのはこの俺だけだ。


あの少女を壊してしまった事実は、これからも背負っていく事になる。

今さら目を背けたりはしない。が、間違っていたとも考えない。


彼女の生み出した魔核は、まさしく世界を蝕むための尊い結晶であり…


「先生。」


呼びかけは、限りなく唐突だった。


================================


誰にそう呼ばれたのか、最初は全く判らなかった。いや、正確に言うと

その声をもう忘れてしまっていた。まぎれもない、彼女の声を。


ハッと視線を向けてみれば、部屋の入口にウルスケスが立っていた。

自分の足で立っている姿を見るのは本当に久し振りだ。そんな彼女は、

じっと俺の顔を見つめていた。


「お久し振りですね。」

「…ああ、そうだな。」


どう答えるべきか迷った。彼女は、ずっと俺のすぐ近くにいたはずだ。

正気を失っていた間も、療養の時を除けば原則的に傍に置いていた。

何をもって久し振りなのか、それは彼女の精神状態次第だろう。

記憶が無いのなら、それについての説明をすべきであり…


「ずっとまともに話も出来なくて、どうも申し訳ありませんでした。」

「…………………………いや。」


背筋に寒いものが走るのを感じた。


まともに話も出来ないという表現の裏には、今日までの自分の状態への

客観的な認識がある。つまり彼女は今日まで、自分が狂っていたという

事実を知っているのか。とすれば、まさかその間の事も知っていると…


「先生。」

「何だ?」

「もう、今さらあたしがいなくても大丈夫ですよね。」

「…………………………」


やはり

知っているのか。


「ならもう、あたしはロナモロスを抜けます。お世話になりました。」


決まりだ。

全てを知った上で抜けるとなれば、見過ごす事など決して許されない。

悪く思うな、ウルスケス。


彼女の死角で、俺はミュートブザーを押していた。


================================


モリエナがいなくなった今、教団は落ち着くまでは非常事態である。

特に幹部級の連中に関しては、有事に備えた対策が準備されている。


挨拶の言葉を述べたウルスケスが、踵を返そうとした瞬間。


シュン!


カイ・メズメが【共転送】によって送り込んだ工作員が、素早く彼女の

首に腕を回した。問答無用で意識を落とすか、そのまま絞め殺すか。

いずれにしても不問に付す。だから一刻も早く彼女を…


「これが答えですか。」


ウルスケスの声は、ぞっとするほど平坦だった。

抵抗らしい抵抗もせず、ただ右手を掲げて自分を羽交い絞めにしている

太い腕にそっと添える。


次の瞬間。


「オオオォォォォォアァッ!?」


彼女を締め落とそうとしていたその男が、いきなり異様な声を上げた。

どう聞いても人の声帯から発したと思えない、耳を疑うような咆哮。


「ウルスケス…!」

「研究者の血が騒ぐでしょ?」


ニッと笑った彼女の右手は、妖しい赤色の光を放っていた。それは、

魔核形成の時と同じ色だ。


まさか彼女は

彼の腕の中に、直接魔核を生成しているとでも言うのか?


================================


変化は、わずか十数秒で終わった。


異様な咆哮が途絶え、腕を離した男があらためてこちらに目を向ける。

その顔は微妙に歪み、スキンヘッドの表面には細かい棘が生えていた。


魔核を直接食べさせた獣の変異体、つまり魔獣とは根本的に違う存在。

ウルスケスはまさに今、それを創造してみせた。


人とも魔獣とも違うそれは

そう

魔獣人、とでも呼ぶべきだろうか。


恐ろしかった。

そんなものを、顔色ひとつ変えずに創り上げたウルスケスが。

彼女の言った通り

探究の血が騒ぐ、自分自身が。


俺も彼女も



正しく狂っている。

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― 新着の感想 ―
これは魔王様無双フラグですよね〜 喫茶店の店長できなくなるような大活躍はしたくないでしょうけど。変装でもするか。
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