明日の見通し
「何だか、今日は暇ですね。」
「まあね。」
ランドレは意外と遠慮がない。常に正直に、思った事を口に出す。
まあ事実だから否定しない。昨日に比べて、お客が少ないのは確かだ。
しかしその点には、はっきりとした理由がある。
「オトノでお祭りやってるからね。フードフェスに近いイベントだから
街の人もかなりそっちに流れてる…ってな事情よ。」
「え、それってそんなに影響するんですか?」
「何せ小さな田舎街だから。」
「へえー…」
あたしのその説明に、ランドレだけでなくモリエナも納得顔で頷いた。
「それじゃあ、今頃向こうはかなり大変かも。」
「そうね。場合によっては、常連のお客さんに会う機会があるかも。」
「大丈夫でしょうか。」
「どうにでもするでしょうよ。あの人たちならね。」
ちょっと気遣わしげなペイズドさんに、あたしは笑って答える。
もちろん見に行く事も出来るけど、まだ二日目である。昨日の夜には
ちゃんとローナさんも戻られたし、向こうの事情もそこそこ聞いた。
あたしが行く必要なんて、今はほぼないだろう。信じていいはずだ。
こっちはこっちで頑張るだけ。
ですよねトランさん、ネミルさん。
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店を任されて二日目。正直言って、現時点ではかなり拍子抜けである。
何と言っても、人を使うというのは初めてだ。あたしはかなり修行を
積んでいるけど、他の三人は本当に即時実戦投入だ。あれこれ学ぶ前に
いきなり本番。大丈夫だろうかと、内心かなりヒヤヒヤだった。
だけどそれは杞憂でしかなかった。ランドレもモリエナも、予想以上に
仕事への順応が早い。あまり忙しい時にはモリエナが若干テンパるけど
それも許容範囲だ。そしてメガネをかけているランドレも手際がいい。
とても失明しているとは思えない。タカネさんの技術、おそるべしだ。
そんなこんなで、忙しかった昨日は無我夢中で乗り切った。正直な話、
お昼を食べる間もなかった。だけど文句は誰からも出なかった。まあ、
そんな余裕もなかっただろうけど。
もうひとつの課題である、トモキの預かりも特に問題などはなかった。
そもそも彼は、見た目赤ちゃんでも明確な自我を持っている15歳だ。
現在の状況についても、実母よりもよほど詳しく正確に把握している。
終日、ペイズドさん相手にあれこれ機械を通じて話していたらしい。
もちろんディナさんは、そんな事はつゆ知らずといったところだろう。
我が子が異世界転生者だった事も、その転生でとんでもない存在まで
呼び寄せてしまった事も。何もかも遡ればディナさんに帰結する。
そんな当人が全く知らないという、何とも不条理な状況。かと言って、
詳しく話すわけにもいかないしね。
さすがに昨日は、ディナさんもやや早めに戻って来た。いくら仕事だと
言っても、あたしたちに自分の子を預けるのは不安だっただろうから。
何と言っても、あたし以外の三人はほとんど知らないも同然だからね。
もちろん、あたしたちはディナさんを総出で迎え一日の疲れを労った。
トモキも、満面の笑みで自分の母親を迎えた。…営業スマイルだコレ。
末恐ろしい赤ちゃんだなあホント。
まあ、冗談はさて置き。
心配を隠せなかったディナさんも、そんな息子の様子に安堵していた。
もうちょっと信用してくれてもいいのにと思うけど、それはまだ早い。
いくらトランさんたちが保証すると言っても、そんな言葉ひとつだけで
人の信頼というものは得られない。とにかく積み重ねが大切だ。
「どうもありがとう。」
少しぎこちない笑みを浮かべつつ、ディナさんはそう言ってくれた。
あたしたちの事は図りかねている。だけどあたしたちは全員、この人の
弟さん夫婦を信じてこの店に来た。だからその恩には必ず報いる。
出来なきゃ、ホージー・ポーニーの名折れになってしまう。
「明後日もお待ちしています。」
「…ええ。」
そんなあたしの言葉に曖昧に答え、ディナさんは帰っていった。
彼女とトモキを見送りつつ、あたしたちはその明後日に思いを馳せた。
彼女は、また来てくれるだろうか。トモキを預けてくれるだろうか。
正直、確かな事など何も言えない。あの人がもう来なかったとしても、
あたしたちに責める資格などない。そうするべきだとも全く思わない。
トモキの現状と安全の確認は、常にぬいぐるみタカネが担当している。
ロナモロス教とトランさんたちが、もし本格的に事を構えたとすれば。
この店だけでなく、トモキの方にも累が及ぶ可能性は捨てきれない。
そう考えれば、もうあまりここには来ない方がいいのかも知れない。
だけど、それはそれだ。
あたしたち四人としては、その事も含めた上でお店の代行を務めたい。
ディナさんからの信頼を得てこそ、本当の意味で任される意味がある。
「まあ、きちんとやる事はやった。だから待ちましょうよ。」
「そうですね。」
年長者らしいペイズドさんの言葉に対し、あたしは短く答えた。
確かにその通りだ。ここまで来たらもう、あの親子を信じるだけ。
どんな選択になろうと、あたしたちはトランさんたちの留守を守る。
少し余裕のある二日目だからこそ、明日の事にも思いを馳せられる。
果たして、ディナさんは来てくれるだろうか。そしてトランさんたちは
ネイル・コールデンに繋がるような手がかりを得られるだろうか。
チリリン。
「あ、いらっしゃいませ!」
お客さんだ。しかも団体。
思う事はあれこれと尽きないけど、とにかく今はこの状況に慣れる事。
それだけを目指していく。あたしは今この瞬間、店長代理なんだから。
さあ、ドンと来い。
いずれ本当の店長になってやる。