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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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どうにかなるもの

いささか見通しが甘かった。


午前中こそ、やはりメイン会場ではないなという閑散ぶりだったものの

昼を過ぎる頃から急に人が増えた。何でだと思ったけど、過去の自分を

思い返せば、あっさり腑に落ちる。要するに、メイン会場で飲み食いを

した後「じゃ他を見に行こう」って感じになるんだった。


ってわけで、どっと客が押し寄せてきた。午前中のお客は物珍しそうに

質問とかしてきたけど、今に至ってそういう雰囲気は無くなっている。

当然のように店の存在を受け入れ、当然のように注文してくる。いや、

下手するとこれが車両だという事に気付いてない人さえいる。…正直、

さすがにそれは予想外だった。


「意外と気にしないもんなのね。」

「らしいな。」


てんてこ舞いの中で、俺とネミルはそんな言葉を交わす。


と言っても、それは決して悪い傾向じゃない。むしろ俺たちにとっては

ありがたい話だ。いちいち説明する必要が無いってのは実に助かるし、

わざわざ目立ちたくもないから。


お祭りの空気、侮りがたしだ。


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ちなみに、ローナは調理の手伝いといった類の事はしない。

恵神だからとか、そういう理由じゃない。そもそも彼女は、己の正体を

明かす前も明かした後も店では常に皿洗いをしている。今さら、それを

嫌がったりする気質ではない。


そもそもこのキッチンカー、狭い。据え付けの備品などはギリギリまで

削っているけど、それでも中で動く人員は二人が限界だ。それ以上だと

まともにすれ違う事さえ出来ない。適材適所以前の物理的問題である。


なので彼女には、注文の品をお客のテーブルに運ぶ手伝いだけ頼んだ。

ついでにそのお客や行き交う人々を観察し、ロナモロス教団の関係者が

いないかを探ってもらう。俺たちの本来の目的を考えれば、こういった

役割分担の方が合理的だ。ちなみにタカネはオラクモービルに融合し、

調理の補助をやってくれている。


「はーい、お待たせしましたぁ。」


愛想よく飲み物を運ぶ恵神の姿に、ちょっとだけ感覚がおかしくなる。

知らないだろうけど、貴重な経験をしてるんだよ今日のお客さんたち。

間違っても、変な気を起こしてお尻触ったりしないでくれよ。



天罰が下るぞ、たぶん。


================================


タカネの多芸ぶりには、この世界のいかなる天恵持ちでも敵わない。

普通の人間に毛が生えたくらいしかスペシャル感のないローナでは、

とても太刀打ちできないくらいに。


しかしそんなタカネでも、出来ない事ってのは意外と多かったりする。

スケールのでかい創造とかは造作もなくやってのける半面、そんな事が

出来ないのかと目を疑う事もある。そして悲しいかな、出来ない事ほど

俺たちの仕事内容に直結しがちだ。


たとえば火起こし。


そもそもタカネの能力は、生物的な能力を取り込んで拡大解釈する事で

発展してきたものらしい。つまり、生物に無理なら無理って事になる。

そして残念ながら、彼女がこれまで見てきた生物の中には「火を吐く」

系の奴はいなかった。だとすれば、能力的な発火は出来ないって事だ。


そして、冷凍も無理らしい。


これまた当然だ。低温に耐えられる生物ってのはいくらでもいる反面、

みずから気温を下げられる生物ってのは少なくとも聞いた事さえない。

どうやらタカネも同じらしい。まあ当然と言えば限りなく当然だろう。


ちなみに、どっちの能力も「天恵」としてその存在が確認されている。

って言うか、タカネ本人が抹殺したゲイズ・マイヤールの【氷の爪】が

まさにそれだ。実に皮肉な話だね。…ちなみに、元いた世界においても

氷の魔術師というのはいたんだと。そしてそれも抹殺したんだと。



何と言うか、勿体ないねえホント。


================================


さて、喫茶店で炎を使った湯沸かしが出来ないのは、かなりの問題だ。

どうやってコーヒーを出すのかが、大きなテーマになってくる。


とは言え、真水は無制限に出せる。煮沸する必要の全くない水だから、

そのまんま材料に使えるのは強い。移動店舗で水の心配が無いってのは

ある意味、究極のチートだろう。

そしてタカネは、生で食べた果実や野菜を複製する能力も持っている。

これは冗談抜きに驚いた。本人曰く「遺伝子組み換え系」らしいけど、

そんな事は別に問題じゃない。いや問題にするには未来の概念過ぎる。

試しに食べてみたけど、何の問題もなかった。


なら、生ジュースが安価で出せる。いやむしろそっちメインでいける。

暑い時期じゃないんだから、あえて冷やす必要もない。タカネが出した

直後の温度はあまり高くないから、さっと調理して出せばいいだけだ。

更に彼女の発案で、スムージーとかいうのも何点かメニューに加えた。

混ぜて振るだけの代物だ。もちろん数をこなすと手首が痛くなるけど、

「任せて」と壁から腕だけ生やしてシャカシャカと手伝ってもくれる。

…何と言うか、間違ってもお客には見せられないホラー系店員である。

慣れつつある自分が何より怖い。


そして「沸騰」は出来ないものの、特殊な方法を用いれば70℃程度の

湯を作る事なら可能らしい。何でも耐熱の臓器を利用するとか何とか、

かなり怖い話だ。その原理を詳しく知りたいとは間違っても思わない。


大事なのは結果だ。70℃のお湯。これをどう活用するか。


「マイクロ波とかが再現できれば、もう少し温度は上げられるかも…」

「いやいや、まずこれでいいよ。」


何やら意地になりつつあるタカネを制し、俺はきっぱりと言い放った。


「上限70℃なら、そこに至るまでそこそこ細かく刻めるんだろ?」

「え?…まあ、そりゃもちろん。」

「だったら、そこまでの温度で何か方法を探せばいいだけだ。」

「どうやって?」

「調理は理屈じゃない。手と舌と、そして経験が全てなんだよ。」

「…ああ、確かそうだったわね。」


怪訝そうだったタカネも、何かしら思い出したらしく、ニッと笑った。


「お手並み拝見と行きましょう。」

「任せてくれ。」


俺には大した力はない。【魔王】の天恵も、正直かなりの名前倒れだ。

だけど、少なくとも喫茶店の店主としてはけっこう研鑽を積んでいる。

そっちへの探求心もバイタリティもまだまだ、枯れるまでには程遠い。

だったらやってみるまでだ。


タカネが凝り性なのも幸いした。

細かい温度調節を繰り返し、水出しとも違う独特のコーヒーを目指す。

普通の理想を求めるわけじゃない。上限70℃で「美味しい」代物さえ

出来ればいい。何コーヒーと呼ぶかなんて、出来てから考えろ。


試行錯誤の末、何とか形になった。

もちろん、移動店舗限定のメニューとして割り切る。その前提込みでも

割とユニークなオリジナルコーヒーが作り出せた。少なくとも、お金を

もらってもいいって程度には。


名付けて「フラットコーヒー」だ。

もう既に10杯以上出てるし、お客からの反応も悪くない。作り方を

教えてくれって人も3人いたっけ。いやいや、気安く教えないけどね。


何でも案外、どうにかなるもんだ。



さあ、夕方まで気合入れて行こう。

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